わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「つまり、医者にはいつ記憶が戻るかわからないと言われていて」

「うん」

「ある日急に記憶が戻ることもあるかもしれないと」

「うん」

「それって、つまり、またいつ記憶をなくすかわからないってことでもあるわけです」

一花はゾクッとして、無意識に肩を動かした。

「つまり、記憶が戻ると、逆に今のことを忘れるってこと?」

「それならまだいいですけど、全部忘れてまた0からのスタートっていうのが無いとはいえない、ってことです」

「……まさか。そんなこと、起こるわけないよ」

「なぜそう思うんですか?充分あり得ることです。明日にはもう、今のことを忘れているかもしれない」

「そんな……」

榛瑠は微笑みながら、まるで道理のわからない子供に諭すように優しい声で話す。

「自分で信じ切れないのです、自分の脳を。一度狂ってしまったネットワークが完治なんてできるんでしょうか?脳のタンパク質合成処理ってそんなに簡単なのでしょうかね?少なくともプログラムのバグを改善するようにはいかない気がするのですが」

いや、どっちも難しい、というツッコミはとりあえず一花は胸にしまった。

そんなことはどうでもいいのだ。問題はそこじゃない。治るかどうか、でもない。

そうじゃなくて……。

一花は榛瑠をあらためて見た。彼は穏やかな表情をしていた。

なんで、こんな話をしてるときに限って、彼はこういう顔をするの?

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