わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「あのね」頰から手を離しながら穏やかに榛瑠が言う。「率直に言って、あなたに対しての思いを以前と同じように持っているかというと、答えはNOです。でもね、多分、同じような関係を持つことはできると思うんです。もちろん、まったく一緒というわけにはいかないでしょうが」

え?

一花は言われた意味が飲み込めなかった。わかったとき、笑ってしまった。

「ははっ」

自分でも驚くくらい乾いた笑いだった。

私と榛瑠で恋人ごっこをしろと?今更?

もちろん世の中の恋人たちが熱烈に恋をしているとは思わない。打算のほうが多いかもしれない。それが悪いとも思わない。自分だってそういう付き合いをしてきた。

でも、だからこそ。冷静なままのキスを榛瑠としろと?

少なくとも、自分には無理だ。そう、一花は思った。

だからこそ、記憶を無くした彼と無理に一緒にいようとはしなかった。感情が伴わないのに、行動だけなぞってもしょうがないと思う。

じゃあ、どうしたらいいのだろうってずっと考えていて。結局、もう少し、私のこと知ってもらうくらいしか思いつかなかったんだけど。

戸惑ってる場合じゃないんだわ。

一花がそれを言葉にするより先に榛瑠が口を開いた。

「でも、もしあなたがそれを嫌だというなら、それはそれでわかります」

「いや、というか、無理……。あ、でも、歩み寄ってくれようとしたのはとても……」

嬉しい、と続くはずの言葉は榛瑠によって遮られた。

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