わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
冬空

1.

榛瑠はいれたてのブッラクコーヒーを片手に窓辺に立った。

自室の高層階の窓から明けたばかりの空を望む。今日はいい天気になりそうだった。

眼下には街が広がっている。この景色を日常的に手に入れられるのは、限られた人間だろう。

だが、何の感動もない。美しくないな、と思う。

空の青がはっきりしてくる。

苦いコーヒーを口にする。

「つまらないな……」

榛瑠は呟いた。



いつもの通り、残業を少々して榛瑠は帰宅した。

夜はすっかり寒く、その分夜空は澄む季節だったが、この街では相変わらず空は濁っている。

エントランスを抜けて自分の部屋の前までいくと、そこに人影があった。

一花だ。

なんの用だろう、とは思ったが嫌な気分にはならなかった。

「こんばんは。どうかされましたか?」

なるべく穏やかに聞く。

「ごめんなさい。家まで来て。渡したいものがあって」

そう言って彼女はカバンの中を探す。気のせいか頬が白っぽい。いったいいつからいたのだろう。終業後すぐからだとしたら結構時間が経っている。外ほどではないがここも充分冷えている。

「とりあえず、中に入りませんか?」

一花は首を振った。まあ、そうだろうが……。

「すぐなの。会社では渡しづらくて……。」
< 76 / 172 >

この作品をシェア

pagetop