わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
榛瑠の手に渡されたものは鍵だった。ここのマンションのものだ。

「借りっぱなしだったから」

「……わざわざありがとうございます」

榛瑠も一花の手元に鍵があることはわかっていたが、放っておいたのだった。

「あと、これ……」

それは小さな箱、指輪を入れる箱だった。

ああ、そうなのか、と榛瑠は思った。記憶にはないが婚約指輪を贈っていてもおかしくはない。だとしたら返しに来させてしまったのはさすがに胸が痛んだ。

返す理由を作ったのは、彼女ではないのだから。

榛瑠は黙ってその箱を開けた。中にはダイヤのついた婚約指輪、などではなく、翡翠らしい石のついた繊細で古くて美しい指輪だった。

「あなたにもらったの。でも、元々あなたのお母様の形見の品だったの。だからちゃんと返さないとって思って」

「そうですか。ありがとうございます」

もちろん、なにも思い出せなかった。でも、多分、大切にしていたのだろう。だからこそ彼女に渡し、そしてこうして返ってきたのだろう。

「あの、思い出せないかもしれないけど、大事にして?多分、たった一つの形見だと思うの」

一花が心配そうに言う。

「わかりました。ありがとうございます。大事にします」

「本当よ?」

「本当に」

そう答えると、一花は微笑んだ。ほっとしたような笑顔だった。
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