わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
一花が泣き出しながら話すので榛瑠は内心で驚いた。ここで、泣くのか。

「もう、亡くなっているから、あなたが忘れちゃったら……誰も……」

ぼたぼた大粒の涙を流す一花に榛瑠はハンカチを差し出した。彼女は被りを振って、代わりに自分のカバンからハンカチタオルを取り出して顔を覆った。

「せめてご両親のことだけでも思い出せればいいのに……」

一花のつぶやきを榛瑠は聞き逃さなかった。

「あなたの事じゃなくて?」

一花は目元を押さえながら微笑んだ。

「それは、思い出して欲しいけど。でも……」

「……ありがとう。あなたの言ってくれたこと心にとめます。それより、大丈夫?一人で帰れます?」

一花は赤い瞳を榛瑠に向けて晴れ晴れと笑った。

「子供じゃないから。あなたに子供扱いされるの、最後まで直せなかったわね」

榛瑠は駅に消えていく一花の後ろ姿を見えなくなるまで見送ると、来た道を戻る。

なんだろうな、イライラする。罪悪感か?それとも……。

もっと違う何か。黒い塊が覆うような。

不安?いや、むしろ、これは‥‥恐怖?

車道の対向車が一台、ハイビームのまま走ってきた。榛瑠は反射的に腕をかざしてその光を遮る。

光を見ると思い出すことがある。わずかに残る“過去”。
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