わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「それならいいですけど、結構赤かったので」

「平気だってば」

榛瑠は椅子の背に腕を乗せて長身を前かがみにして立っていた。距離近いって。

一花は視線を彼から離した。

「美園さんの心配は?」

可愛くない事をわざわざ口にしている自覚はある。

「彼女は大丈夫ですよ。全然平気そうでした。笑ってましたよ。お嬢様は本当に非力で笑うって。あなたの手の方が痛かったんじゃないかなって僕も思います」

可笑しそうに榛瑠は言った。

「痛かったわよ。もう平気だけど」

「うん」

「……初めて人を引っ叩いたわ」

一花は拗ねた声で言った。榛瑠が小さく、でも楽しそうに笑った。まったく、誰のせいだと……。

「あの後、デスクに戻って何か言われませんでしたか?」

「隣の子に言われた。結構、顔赤かったみたいで。でも、ぼうっと歩いて壁にぶつかったって言ったら普通に信じてもらえて心配してくれたわ」

榛瑠はますます可笑しそうに笑う。本当に、篠山さんも私をどういう人だと思っているのかなっていう……。

「でも、とにかく大丈夫だから気にしないで。気にされる方が迷惑だから。あの日にも言ったはずだけど」

関係ない人でいてよ。

「そうでした」

彼は姿勢を元に戻すと言った。

「さっき、家で作った焼き菓子を持ってきて渡しておいたんです。たくさんあるので、よろしければどうぞ。気に障ったらすみません」

「え……。ありがとう。でも、いいのに……」

もう、本人が食べもしない甘いお菓子なんて作らなくていいのに。
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