わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「作ることが意外に楽しいんですよ。無心になれるっていうか。でも、食べてもらえる人がいなくて」

「会社に持っていけば?」

「嫌です」

「なんでよ……。でも、後でいただきます。ありがとう」

「はい」

顔は見なかった。でも、声でほほえんでいるのがわかる。そして、彼が自分と同じように窓の外を見ているのを感じる。

「いいですね。ここからの眺め」

「うん」

それから榛瑠は黙って外を見ていた。そんな気配をすぐ後ろで感じながら、一花はふと意地悪な気持ちになった。

「ここね、あいびき場所なの、二人の」

「え?」

榛瑠が驚いて視線を向けてくるのをちらっと見て一花はクスクス笑う。

「私が10才くらいまでの話だけど。夜、眠れない時ここでこっそり遊んでたの、二人で」

今でも思い出せる。夜、月明かりの中の二人。

「楽しかったでしょうね」

「そうね。……でも、どうかな。あなたがどうだったかは知らないし、本当はそんなでもなかったかも」

「らしくないこと言いますね」

「そうね。……結局、あなたの言った通りだったのよ」一花は相変わらず榛瑠を見なかった。「記憶って改ざんされるのね、都合よく。そのことがわかったから言い切れなくなっちゃったわ」

「どうしたんですか?」
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