わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「……以前、9年戻って来なかったの間違いだって言ったっけ?戻ってたのよ。私に会わなかっただけで。ここには来ていて、私がいなかっただけで。嶋さんはその事を私にちゃんと伝えてたの」

嶋さんは日誌に書いていた。彼がその日の終わりに書くものに間違いはない。

「でも、多分、会わずに行っちゃったことがショックだったんでしょうね。私、記憶から消しちゃったのよ。それがわかった時、なんだかいろんなことが信じられなくなっちゃって」

知った時、力が抜けて座り込んでしまった。

私が信じていたものは、なんだったのだろうか。

私が愛したのは、誰だったんだろう。

「私の言ったことなんて忘れていいですよ。あなたを不安にさせたかったわけじゃない。不用意な事を口にしました。すみません」

「ううん、いいの。もう、いいの。……終わった事だもの」

そう、今度こそ、済んだことにするのだ。

「……ごめんね」

榛瑠がつぶやくように言った。

「……いいの」胸がつまる。でも、静かな気持ちだった。「きっと、うまくいかない関係ってあるのよ。本人たちの意思とは関係なく」

「吹子さんに言われました。僕はあなたにとって疫病神みたいなものだって」

一花は笑った。

「そうね、そうかもね。でも、楽しこともたくさんあったのも本当だから。だから、やっぱり良かったと思う」

榛瑠は答えなかった。

一花は揺れる木々を見る。風の音が聞こえる気がする。この先もきっとこの音を耳の奥で聞き続ける。それはいつか聞いた嵐のような音ではなくずっと静かなものになるだろう。
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