その誕生日はきっと誰かの特別な日。
「なあ、食いつかないのか?うまそうだけど。」

シルバーを持ったままぼんやりしてしまった。

手つかずじゃない。
急いで動かす。

前菜はとても繊細で本当に少しづつ頂きたい!

「さっき食いつかないのかって聞かなかった?」

「ああ、ぼんやりしてるから。」

「食いつかないわよ、少しづつ頂きます。美味しく味わいながら頂きます。」

「そんなトロトロ食べてたら、遅くなるけど。」

これくらい一口の量じゃない。
ゆっくり食べてもそんなに時間はかかりません。ほら、もう最後の一口。

「美味しいね。」

「なら良かった。特別な日だしな。」

「私にだけね。」

「そうでもないって。」

「もしかして誕生日が一緒とか言わないよね。」

「残念だが俺の誕生日は来月だ。お返しはしっかり頼むぞ。」

「なんの?」

「・・・・ここの奢りとか。」

とか?
別に頼んでない、なんて言えない。

「考えとく。ちゃんと前もって教えないと忘れるからね。」

「だろうな。」

ゆっくり味わいながらも食事は進む。

「やっとご機嫌になったんだな。美味しい物だけが楽しみです、みたいな顔してる。」

「それは美味しいし、でも他にも楽しみはあるわよ。失礼な。」

「例えば?」
それは・・・、普通に漫画の発売日とか、好きな人のコンサートとか映画とか、毎週見てるドラマの続きとか・・・・。

「いろいろ。」

詳しく聞かれても困るので、こっちが先に聞いた。

「いつも週末はどんなところに食事に行ってるの?」

「その辺の牛丼でもバーガーでもいいよ。家で食べてもいいし。」

「作るの?作ってもらうの?」

「買う。」

なんだ。
でも牛丼でもバーガーでもいいくらいのレベルだと披露する方も楽な気はする。
チンとしてドバっとかけてもいいし、チンしてラップを外してもいい。
経済的。

じゃあ、今日は特別に張り切ってたんだ。

もともと誰かのための予約だった?
だって急なのにこんなところ取れたんだ。
きっと、予定の相手が急にダメになったとか・・・・・だよね。

残念でした。せっかくだったのにね。
おかげで私が美味しくいただいてます。


メインが終わってデザートに。

花火はなかった。
何度かポケットを探ってるけど、まさかポケットに?
そう思っても入ってる風もなく。

まあ、ポケットに入れておくものでもないしね。

デザートの大きなお皿が私の前に置かれた。
お皿の余白にチョコレートのメッセージがあった。

おしゃれに書いてくれてる。
明らかに私へのメッセージ。今日の特別な日に。

運んできた人が小さな四角を置いた。
蓋が開いてオルゴールが鳴る。
もちろんのあの音楽。

他のテーブルにも聞こえるけど、ちらりと見られたかもしれないけど、静かに響く。

音楽が鳴り終わったら匠が蓋を閉じてそのままオルゴールはそこに置かれたまま。

周りからの拍手とかもなかった。


大人なお店だ。


お皿を見ながら改めて思う。

これは何?
本当にここにいるはずだったのは、誰?

「欲張りなお前にはそれくらいがいいな。」

そう言った匠を見た。
楽しそうに笑ってるけど。

< 6 / 20 >

この作品をシェア

pagetop