二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
学の視線の先には、薄桃色の小さな唇がある。腰を屈めれば、すぐに届く距離だ。学は心の赴くままに、その唇に吸い寄せられるように顔を近づけた。
繋いでいない方の手で芽衣の顎をくいっと持ち上げ、驚いて薄く開く形になった唇を塞ぐ。

グロスを付けていない彼女の唇は、サラッとしていて心地よい感触だ。もっと深く味わいたくて、押し付ける力を強めようとすると、彼女の体がビクリと揺れた。

「あっ、ごめん」

急に現実に引き戻されて、血の気がサーっと引いていく。芽衣の手が小刻みに震えている事にようやく気付いたからだ。

最悪だ。怯えさせてどうする? 学は、呆然とする芽衣にを前にどうしていいのか分からなくなり、愚かな自分を呪った。
場所も順序も考えずに、こんな事をしてしまうなんて

「本当にごめん。謝って済む事じゃないけど、つい出来心というか……いや、それは違うな? 至って真剣だし。ああ! なんて言えばいいんだ。ええっと、順番を間違えたんだけど……」

脈絡のない言い訳を続けた後、学は芽衣の両手をがしりと包み込んで、真剣な眼差しを向けた。

「僕と付き合って欲しいんだ。真剣に」

完全な開き直りだ。
かち合った視線が、たっぷり三秒絡み合う。耐え切れなくなった芽衣に思わず目を逸らされて、ジリリと胸が痛んだ。
学は、判決を待つ被告人の気分で芽衣の返事を待った。

「…………あのっ、目立ってますよ」

ようやく聞こえた彼女の言葉は、イエスでもノーでもなかった。

「え?」

涙目になって訴える芽衣に指摘され、恐る恐る周囲の様子を伺うと、多くの入場客が、遠巻きに二人のやりとりを見物しているようだった。
ある若者は冷やかすように、またある家族連れは子供に「見ちゃいけません!」と促しながら。

「とっ、とりあえず、出ましょう!」

芽衣に腕を強く引かれ、二人は逃げるように出口へ向かった。
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