二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
仕事を終えると、そのまま学のマンションの最寄り駅に向かった。
今日は、学と会う約束はしていない。でも、いつでも勝手に来ていいと言っていたし、彼に早く食事の計画を伝えたくなった。
ほどほどに混み合ってきた電車の中で、一人にやけたり考え込んだりしているうちに、駅に到着する。

学も早ければ仕事を終える時間だから、駅についた時点でメールを送って、状況次第でスーパーに寄って二人分の夕飯の材料を買って待っていればいいと考えていた。

改札を出る人達は、皆、一度空を見上げてから歩き出す。
芽衣もつられて空を見上げると、黒々とした分厚い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうだった。

人の流れから少し距離を置き、屋根のある柱のそばを選んで立ち止まってスマホを取り出す。

『仕事は終わりそうですか? 今日会えませんか?』

短い文でメッセージを送る。送信が完了した事を画面で確認すると、芽衣はアプリを起動させたまま手に持ち、その場にたたずんでいた。
行き交う人々は、早足で家路を急ぐ。その人の流れの中に、待ち人の姿を見つけた。

「学さん!」

呼び止めたが、距離があり、芽衣の声は届かなかった。
慌てて追いかけようとしたが、はっとして、芽衣はその場で立ち竦む。

「…………!」

学の隣に、見知らぬ女性が寄り添って歩いていた。二人は親密そうに、時折顔を見合わせながら、じゃれあうようにして、学のマンションの方角に消えていった。

スマホを握りしめている手が、なぜだかジンジンと痺れている。

「あれ、……おかしいな」

手の痺れが痛みに代わって、胸へ伝わり、喉の方にまで押し寄せてきた。思わず唾を飲み込むと、薬のような苦い味がして、余計痛みが増していく。

一緒に歩いてた女性は、波打つ長い栗毛色の巻き髪が印象的で、後姿しか見ていないが、とても洗練された、美しい人に思えた。珍しいオレンジ色のバッグは、オーストリッチというものだろうか? 高いヒールのパンプスを履いても優雅に、学と同じ歩調で歩いていた。

お似合いだった……。みずぼらしい自分よりずっと。
二人はただ、並んで歩いていただけ。浮気現場を目撃してしまった訳ではない。……ちゃんと分かっている。学は不誠実な人間ではない。

あの女性はきっと仕事関係の人か、偶然会っただけの友人か、もしくは姉か妹かもしれない。
追いかけて、声をかけて、堂々と紹介してもらえばいい。そう思っていても足が動かない。何なのだろう? この敗北感は。

遠くの方から雷鳴が聞こえてくる。吹き付ける風に冷たさを感じ始めた頃、握りしめていたスマホから短い通知音が鳴る。

『ごめん、今日は予定があるんだけど、どうかした? 急用だった?』

芽衣はスマホをしまって、改札口へ向かった。これ以上ここにいても仕方が無い。

階段を駆け上がり、到着した電車に飛び乗る。電車が発車すると、まもなく窓ガラスに水滴が付き始めた。

再び電車を降りた頃には、外は激しい雷雨となっていた。
芽衣はバッグを抱え込むと、傘もささずにひたすら歩いた。髪も服も顔も、たたきつける雨によってぐっしょり濡れてしまったが、構わなかった。

唇を噛んで必死に堪えても、眦から次々にこぼれてくる雫を、雨が洗い流してくれていた。
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