二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
芽衣が布団の上で、一人狼狽えていると、食欲を誘ういい香りが漂い始めた。

「何か食べた方がいいと思って、雑炊だけど」

学が、慣れない手付きで、雑炊をお盆に乗せて運んでくる。

「学さん、お料理もできるんですね」
「いや、これは料理ってほどのものじゃ。ほら、食べさせてあげる」

レンゲの上に乗せ、フウフウと覚ましてから芽衣の口に運んでくれる。
野菜や卵の入った雑炊は、ほんのり甘く優しい味がした。

「風邪を引いて、こんなふうにしてもらえるの初めてです」

初めてで、何だかくすぐったい。

「これからはいつでも僕がそばにいる。二人で一緒に暮らそう、君と家族になりたんだ」
「家族……?」

その言葉の意味をすぐには理解できずに、芽衣は何度も反芻した。

「僕の両親に君を紹介したい。……会ってくれるよね?」

眩暈がした。身体が急速に冷えて行く。
芽衣は爪が刺さるほど、きつく拳を握りしめながら、声を押し殺して言った。

「……何言ってるんですか? 学さん、全然分かってない」

声が遠くで聞こえている気がした。

「芽衣?」

学が今どんな顔をしているのか、直視できない自分はずるい。

「私みたいな女、学さんのご両親が受け入れるはずないです」
「ちょっと待って! 何で勝手に決めつけるの? いや、芽衣は学生だし、いきなり両親なんて、重かったかもしれないけど……」
「そうじゃないんです。最初に言いましたよね? 釣り合わないって。学さんには、私みたいな人間じゃなくて、もっとお似合いの人がいます。私といて何のメリットがあるんですか? 同情や施しならいりません」

泣きたいのを堪えてまくしたてると、次から次へ、勝手に言葉が出てくる。

「私には私の生活があります。底辺なら底辺なりに一生懸命築いてきた生活です。自分の力だけで生活している。それが私の唯一の誇りなんです。ちょっと関わったくらいで、土足で踏み込まないで下さい。……お願いだから、もう帰って」

限界だった。一方的に言いたいことを言って、彼を傷つけて。それなのに、自分の胸が痛くて狂いそうになる。

芽衣は学と目を合わせないように気を付けながら、彼の背後を押して、有無を言わせず、部屋から追い出す。


一人になった部屋は、途端に空虚で、まるで自分自身を表しているようだった。
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