二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
そのままクラゲの水槽に移動すると、彼女は再び目を輝かせて、青いライトに照らされてただようたくさんの傘に夢中になっていった。
クラゲ水槽は子供だけでなく、他の若いカップルも人気があるようだ。身を寄せながら同じものを見つめて笑う、恋人たちの姿が目立つ。芽衣と同じくらいの年齢のカップルが、自分達が映り込むように写真をとっている。

それを見た学は、後ろのポケットのスマホに手を伸ばしかけた。一緒に映らなくてもいい。ただ、彼女の写真が欲しい。さりげなく言えば、応じてくれるだろうか?
しかし、せっかく繋いだ手を離してしまうのが惜しくて、学は結局何も言えなかった。
 
クラゲの水槽の次は、熱帯魚のエリアに移動する。カクレクマノミ、ナンヨウハギ、ツノダシ。学は、サンゴ礁をイメージして作られた水槽の中から、知っている魚をみつけると、無意識に口に出していた。

「熱帯魚、詳しいんですね?」

芽衣が不思議そうに、訪ねてくる。

「子供の頃に見た、映画の影響かな?」

芽衣はなるほどと納得して、それ以上興味を示す事なく、再び水槽に視線を移していた。
薄々は気付いていたが、彼女は流行に異常に疎い。遊園地にも、映画館にも行った事がないらしいし、水族館に来たのも久々だという。いつも身につけている物は至って質素で、若い女性が好きそうなブランドや、キャラクターアイテムを持ち歩いているのを見たことがない。

もともと母子家庭で、その母親にも先立たれ、自活しながら大学に通っている芽衣だ。恵まれた環境で育った学には、うかがい知れない苦労があるのだろう。

流行に疎いのではなく、あえて興味を示さないようにしているのかもしれない。そんな事を考えていると、自然と握った手に力が入る。

「どうかしました?」

覗き込んでくる、芽衣の瞳が頼りなさそうに揺れている。
この子を守ってあげたい。まだ知らない世界を見せてあげたい。学の心に芽生えた一方的な使命感は、やがて征服欲へと変貌していく。
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