約束の白いバラ





危ないから一緒に行くよ、と皆に言われたけれどもありがたく思いながらも断って一人で来た。

一目見て私たちの通う学校とは違いすぎるとわかった。まず窓が割れている。
壁にはたくさんの落書きと足跡。
見なかったふりをしてゆっくり視線を逸らして、そのまま門の横の塀に寄り掛かる。きっと下校時間になれば出てくるだろう、と思って。
すると『頭上から』突然声をかけられた。

「こんな所で何してるの?」

驚いて振り向くと、寄りかかっていた塀から誰かが飛び下りてきた。彼は見慣れた髪色と顔にとても似ている。
初音が男装したらこんな感じになるのかな。
初めて会った人だけど、確信が持てる。

「橘樹 奏音さんですか?」

突然そういうのは失礼だとは思いつつも単刀直入に言うと意外にもあちらも私の名前を知っていた様子。私の名前を確認してきたから頷く。初音から聞いた印象そのままだ、なんて言いながら顔を覗き込まれる。男性にしては長い髪。後ろで結かれていて、サラリとした髪か肩に零れた。

「それで?どうしたの?」

口を開きかけたその時、学校の方から彼のことを呼ぶ声がする。
どうやら下校時間などというものはあまり当てにならないみたいだ。

「おい奏音!何しとるん!はよ来いよ」

「あー、ごめん!送れていくから紫苑たちにも伝えといてー!」

私の体を隠すように背後に押し込むと、自分を呼んだ男子高生に言葉を返した。

「わかった!」

男子高生がその場を離れていったのがわかると、奏音さんは私に向き直った。やはり初音と似た顔立ちでなんとなく安心する。でも初音よりも目が切れ長。中性的で綺麗な人。それで?と小首を傾げて私を促す。その細かい様子も初音に似ていて思わずクスッと笑ってしまう。

「え、どうしたの?」

「いえ、初音に似ているなって」

不思議そうに目を瞬かせた後、納得したように頷くとよく言われるよ、そう言って奏音さんは笑った。

「やっぱり。」

そうして、本題に入ろうと思って再び口を開いた。奏音さんも私の話を聞くためにか少し居住まいを正す。

「人を探しているんです」

「ここの生徒?」

「はい。制服がここの物だったから…」

特徴を聞かれて、私はあの時助けてくれた彼の特徴を思い出す。

「ええと、黒髪で色が白くて細身で、目付きが鋭くて…学ランの中に深い紫色のインナーを着てました」

「それって…」

奏音さんは驚いたように目を見開いてなにか言おうとしたら…

「おい奏音。てめぇ何勝手にいなくなってんだよ」

またもや背後から声が掛かる。奏音さんの柔らかな声とは違って低い声。けれどその声には聞き覚えがあって。その声を聞くと奏音さんは振り向いた。私もその方向を一緒に向く。

「げ。紫苑?」

切れ長の大きな瞳に、サラサラの髪の毛。真っ黒で光によっては紫がかって見える。真っ白な肌に男性にしては華奢めの体。稀に見る綺麗な顔立ちなので尚更きつい目付きと雑な口調が印象的な…

「なんでここに…」

そう。あの時、私を助けてくれた、私が探していた彼が奏音さんの後ろに立っていた。

「おーい紫苑、どこ行くんだよ」

シオン、と呼ばれた彼の後ろから現れた彼の髪は輝くような銀髪だった。肌も透けるように白く、目の色素も薄い。気だるげな表情でも美しさは損なわれない。

「陽臣。奏音が勝手に出ていくから追いかけてきたんだろ」

どうやら後ろからシオンさんを追ってきた銀髪の彼はハルオミさんと言うらしい。
話の内容からすると、どうやら奏音さんはシオンさんとハルオミさんとの用事をすっぽかしてきた様で…。きっと校門のところで呼び止められた内容、今日遅れる、と言っていた内容もこれに繋がるのだろう。

「いや、それなんだけどさ〜さっき壱馬から今日神夜は遅れるって聞いたんだよね~」

へらっと笑ってそう言ったハルオミさんをシオンさんは鋭い目付きで睨みつけると、小さく舌打ちした。先言えよ、と低い声で言うと背中を向けようとしてふと私の方に目を向けた。

「…お前……」

驚いたように私を見てから、ゆっくりと翡翠色の目を細めた。

「あの時の女じゃねぇか」

「…っ、あの時は、ありがとうございました」

「…別に、うるさかっただけだ」

お礼をして下げていた顔を上げてると、横を向いたシオンさんの耳が心做しか赤く染まっていた。お礼を言われ慣れていないのだろうか。

「あっれぇ、もしかしなくても紫苑くん照れてる〜?」

「うるせぇ、あと紫苑くんって呼ぶな」

ぶっきらぼうな言葉とは対照的に可愛らしい表情に思わず笑ってしまう。

「おいてめぇ、笑ってんじゃねぇよ」

そう言いながらも彼の表情から本当に怒っている様子は見受けられずにまた笑ってしまった。

「良かったね、漣夏ちゃんずっと紫苑のこと探してたからさ」

「こいつなにしたの?」

奏音さんの言葉に返したのはシオンさん本人ではなく、隣でつまらなそうにしながらいつの間に棒付きキャンディーを舐めていたハルオミさんだった。

「渋谷のやつらに絡まれてたの助けられたんだって」

「ああ、そういう事ね」

また興味無さそうにキャンディーの方に集中してしまう。掴みどころがなくて不思議な人だ。

「気を付けろよ」

シオンさんはそう言うと、今度こそ背中を向けた。

「オラ晴臣帰んぞ。奏音はそいつ送ってから来い」

「はいはい、んじゃ、奏音後でな」

呑気な笑顔を浮かべながら右手を上げてハルオミさんは軽い足取りでタカスギさんの後ろをついて歩いていった。
少し歩いたところでハルオミさんはくるっと振り向いて私を見た。

「漣夏ちゃん、またね」

「えっ…」

それだけ言うと、再び背中を向けて歩いて行ってしまった。
その場を離れてしまったからハルオミさんがシオンさんに向かって、お前が女助けるなんて珍しいこともあるもんだな、と言っているのを知らなかった。

「じゃあ、駅まで送ってくよ」

近いから、と断ろうとしてもいいから、と言われてしまい気遣いに甘えて大人しく駅に向かう。駅に着くと、改札の前で奏音さんは笑って言った。

「なんかまた会う気がするから、またね」

「…?はい、ありがとうございました」

初音もいるからまた会うのかな、なんて思いながらお礼を言って別れる。





この出会いが私の運命を変えるなんてこの時の私はまだ思ってもいなかった。
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