最愛宣言~クールな社長はウブな秘書を愛しすぎている~

 上品に和服を着こなし、背筋をピンと伸ばした老婦人が、お供も連れずに一人で立っていた。
 
 細身のその体からは厳格な空気を漂わせていて、少しの皺が年齢を感じさせるものの、その容貌は衰えておらず、気品を纏っている。遠目で見たことはあるものの間近でお会いしたのは初めてで、これが噂の美恵子夫人かと、一目で圧倒された。

 夫人は立ちつくす東吾と私に交互に視線を投げると、部屋の中に入ってきた。

「これは突然のお越しですね」
「何の話かはおわかりでしょう。何度呼んでもあなたが本邸にやってこないから、わたくしがわざわざ出向いてきたのですよ」

 挨拶の一つもなく、お互いにこりともしなかった。想像以上に他人行儀な二人の態度に体が竦んでいると、美恵子夫人が私を冷めた目で一瞥する。我に返って礼をすると、嫌悪感を滲ませた声が降ってきた。

「髪が乱れていますよ。見苦しい」

 はっと髪に手をやると、まとめていた前髪が少し、落ちていた。申し訳ありませんともう一度深く頭を下げて、慌てて部屋を出る。

 すぐに洗面所で髪を直してから、顔を出すべきか迷ったものの、とりあえずお茶を淹れて社長室に戻った。あの目にもう一度睨まれるかもしれないと思うと怖かったけど、来客なのに放置するのもいかがなものか。退出する前に指示を仰げばよかったと後悔した。
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