真実(まこと)の愛
自分より歳上のカップルが目の前でいちゃつく姿を見ていて、あと五秒ほどで確実に砂糖を吐く態勢に入っていた麻琴に、
「ちょっと……見ててごらん」
鮫島がバカラの琥珀色の液体に、ガス抜きのモンルークスを注ぎだした。
モンルークスは、フランスではめずらしい軟水のミネラルウォーターだ。
乳幼児にはエビアンなどの硬水を飲ませると腎臓に負担がかかるため、軟水が欠かせない。
ペットボトルのラベルには、にっこり笑うお母さんと赤ちゃんの顔が描かれていた。
「……えっ?」
麻琴は思わず声をあげた。
グラスの中の琥珀色が、みるみるうちに乳白色に変わったからだ。
「もしかして……パスティスですか?」
麻琴が尋ねると、
「そうだよ。君、よく知ってるね」
いたずらが上手くいった少年のように鮫島が笑った。
パスティスは、プロヴァンスなど南フランスで愛飲されているアニス酒だ。
水を注ぐと自然乳化して、白く濁るウーゾ現象を起こす性質がある。
「以前にピーター・メイルの『南仏プロヴァンスの十二ヶ月』を読んだことがあるので」
ニューヨークの広告会社に勤務していたイギリス人の著者が、夫婦で南フランスに移り住んだ日々を綴ったエッセイなのだが、その中で彼が地元民の好むパスティスなる酒をしょっちゅう呑んでいるのだ。さらに彼は「ホテル パスティス」という小説まで書いている。
「世界的なベストセラーになったときに、私も読んだよ。ああいう悠々自適な生活を送る話は、多忙な私にとってはハリー・ポッターよりもファンタジーに感じるね。いつかは叶えてみたい夢の話さ」
そう言って微笑んだ鮫島の両目の端に、深いシワが刻まれた。
「パスティスはね、もともとはアブサンの代替品として呑まれるようになったんだよ」
アルコール度が七十度のアブサンは中毒性に加え幻覚症状も出ることがあり、人体に悪影響を及ぼしまくるというので、同じスターアニスなどのハーブ類をつかったパスティスが呑まれるようになったという。
とはいえ、パスティスもなかなかのアルコール度数で、四十度はある。
そしてアルコールが四十五度以上あって、定められたスターアニスの量をクリアしたものは「パスティス・ド・マルセイユ」と呼ばれる。
……うーん、カルピスみたいだけど、先刻、話題に出ていたものにも似てなくもないわね。
それがなにかは、この場では口が裂けても言えないけれども。