真実(まこと)の愛
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麻琴の家柄が良くない、というわけでは決してない。
祖父の代から三鷹や武蔵野などの地域でTOMITA自動車の販売代理店を経営していて、地元ではちょっとした「名家」である。
(実はそういうことから、ステーショナリーネットに転職する前にTOMITAの系列会社に勤務していたという元セフレの青山に「運命」を感じて、のめり込んでしまった。今となっては麻琴の黒歴史だ)
子どもの頃からお金に不自由したことはない。
中学から大学まで、私立の学校に通わせてもらった。大学は合格する前からなにかと費用のかかる美大だ。
「家業」は二歳下の弟が継ぐことになっている。
彼は大学時代からつき合っていた彼女と結婚して、すでに二児の父である。
また、金融庁のキャリア官僚に嫁いだ叔母の娘たち……麻琴には従姉妹にあたる彼女たちも、すでに手堅く国家公務員と結婚していて、父方の同世代の中で「未婚」なのは麻琴だけだった。
両親はやはり気がかりなのであろう。
せめて三十五歳になるまでになんとか片付けたいという思いから、最近躍起になって『堅苦しいものじゃないから、会うだけ会ってみて』と、バレバレの見合い話を持ってくる。
そんな麻琴に松波の「申し出」は、降って湧いたような「良いお話」だ。
きっと両親は狂喜乱舞し、弟夫婦はホッと胸をなで下ろすに違いない。
……にもかかわらず。
麻琴にはどうしても「その一歩」が踏み出せなかった。