クリスマス・イルミネーション
「あったかいからいいじゃない。とりあえずそれ飲み終わったら帰るって事で」
愛由美が両手で包み込むように持っていた紙コップを顎で示す。
「う……」
愛由美は紙コップに口を付け、一口飲んだ。
熱いコーヒーが喉を落ちていく。
和希は左腕はしっかり愛由美を抱いたまま、愛由美からコップを奪い、口紅の跡が残る飲み口から飲む。
「……っ!」
「なに?」
驚いた顔をする愛由美に、和希は平然と聞いた。
「嫌じゃないのかなと思って……口紅……」
「そんなの気にしてたら、キスもできないじゃん」
「もう……っ、よく判ったっ。晴真が遊び人ってっ」
「そういう愛由美は処女だろ」
「ちが……っ」
「大体、グランデを一人で飲むつもりか?」
「ち、違います……っ」
再び両手でカップを持ったまま、真っ赤になって俯く愛由美に、和希は笑いが止まらない。
「本当に……そんなに焦りまくりで、年上だなんてよく偉そうに言うね」
「晴真みたいな人に慣れてないだけっ」
「へえ?」
「武藤……和希くんもだけど、都会だからかな、ちょっと大人びた子が多いよね」
「都会って。愛由美は横浜じゃないんだ?」
「私は山口なの。異性が並んで歩いてるだけで目立つようなところ」
「異性ねえ。世の中半分は異性なのに、苦労が多い。ああ、だから男慣れしてないのか」
「もう、慣れたもん!」
愛由美は赤面して大きな声で言う。
慣れてません、と言っているようだ、和希はクスクス笑う。
「山口じゃ遠いな」
「うん──親から離れたくて」
言ってからコーヒーを飲んだ、次の言葉は出なかった。
和希も黙った。教師一家に、思うところがあるのだろうと判ったからだ。
和希は愛由美の肩に頭を載せ、みなとみらいの夜景に見入った。
いつもより綺麗だ、と思えた。
*
飲み終わったカップをゴミ箱に捨て、和希は言った。
「家まで送るよ」
「ううん、大丈夫、近いから」
「ふうん…… 何処?」
「浅間下」
横浜駅からなら、徒歩15分もかからない所だ。
「学校からも近いね」
「うん。晴真は?」
「あーえー……岸根公園」
適当に真反対の地域の駅名を答えた。実際には中区の石川町だ。
「じゃあ、地下鉄だね。私も駅通って帰る、途中まで帰ろ」
「夜遅いし、家まで送るって」
「いいよ、遅いって言うほど遅くないし、駅通り過ぎちゃうよ」
「いいって。女一人で夜分に歩かせる訳には」
「そういうとこが、遊び人なの」
くすりと笑った、寒さで赤くなった頬が色っぽく見えた。
地下鉄への入口はいくつもある。
銀行の前のその入口で、愛由美は足を止めた。
「じゃここまでで。コーヒーごちそうさま」
笑顔で「じゃあ」と手を振る愛由美の、その手を和希は掴んだ。
「え?」
「また会いたい」
「え!?」
「日曜日、デートしよう」
途端に愛由美の顔が真っ赤になった。
「だからっ、私は……」
「和希の先生で、8つも年上。判ってる。でももっと知りたくなった」
「知りたい……って……」
戸惑うそんな表情すら、和希は初めて見た、心が騒ぐのを感じる。
「言ったでしょ、和希とは一緒に住んでない、言わなきゃバレない」
「でも、私はほぼ毎日会ってて……」
「大人でしょ、うまくやってよ」
「う……っ」
「和希とは毎日会えて、俺には会えない?」
「そ、それとこれとは! 大体、今日会おうと思ったのは!」
「思ったのは?」
言いかけて、愛由美は焦って口ごもる。
(和希くんかどうか確かめたかったなんて、言えない!?)
「思ったのは?」
和希はもう一度聞いた。
それでも愛由美は答えず俯いている。
「もしかして、俺、からかわれてる?」
「ちが……っ」
「じゃあ、日曜日?」
愛由美は散々視線を彷徨わせてから、諦めて頷いた。