クリスマス・イルミネーション

建物を出た時には、西の空が赤く染まっていた。

「何時間いたんだよ」

和希が愚痴る。

「ごめん、ごめん。今度はもっと早く来ようね」
「そういう問題か」
「もう。じゃあ今度は晴真が行きたいとこにしてあげるよ。いくらでも付き合ってあげる」
「お」

和希は口の端を吊り上げて笑った。

「その言葉、忘れるなよ。今度と言わず、これからラブホにでも行くか?」
「行かないよぉ」

愛由美は受け流すように、明るく笑って返す。

「ちっ、少しは恥ずかしがるとかできないのか」

和希が言うと、愛由美の顔はじわじわ赤くなる。

「……遅くね?」
「だ、って、私、そんなつもり……」
「ないのかよ、じゃあその気にさせてやるよ」

愛由美の肩に腕をかけ、乱暴に引き寄せようとしたが、愛由美はするりと逃げた。

「あっ! 鯉!」

池のような水槽に、鯉がたくさん泳いでいた。

「餌、あげよ」

ガチャガチャに用意された鯉の餌を買おうと、財布を出そうとすると、和希がそれを止めた。

「それくらい、払う」

こめかみに青筋を浮かべながら言う和希に、愛由美はおっかなびっくり反論する。

「え、いいよ、これくらい……」
「いつまでもガキ扱いされても困るんだよ」

愛由美は吹き出した。

(でも、100円なんだけどね)

それでも有り難く払って貰った。

「つりファームも行きたかったなあ」

鯵などの釣りができる施設だ。

「そりゃあんだけじっくり見てりゃ時間もなくなるだろうよ」
「また来ようね」

鯉の餌を握りめて、愛由美はにっこり無邪気に微笑んだ。
子供のような無邪気さに、思わず和希は視線をそらす。

「……ペンギンの前に30分もいるのは無しだぞ」

静かな声で言っていた。

「うん」

愛由美は水面に群がる鯉達に懸命に餌をやる、きっとそれは無理だと思ったが、そんな事は言えないと思いながら。





海の近くのイルカが飼育されている建物に入る。
照明に照らされた水槽は、幻想的だった。その中をイルカが優雅に泳ぐ。

和希はチューブ状になったその水槽を見上げていた。

長身で端正な横顔の和希のそんな姿に、愛由美は不覚にも、一瞬心を奪われてしまう。

「うん?」

口を開け突っ立っている愛由美に、和希は視線だけ向けた。

横顔だが、微笑んでいると判って──愛由美は思わず視線を反らせた。

(武藤くんが笑ったとこは、記憶にないな)

心臓が、トクトクとその場所を知らせていた。





その建物を出ると、陽は落ち辺りは完全に暗くなっていた。

園内のクリスマス仕様の飾り付けが、キラキラと瞬いていた。

「どこもかしこも綺麗だね」

待ち合わせ場所からここへ来るまでも、着いてからもクリスマスの飾りが目に付いた。

「そうだな」
「まだ先なのにね」
「……クリスマスは、予定あるの?」

和希は静かに聞いた。

「とりあえず、休み明けのテストの準備かな」
「……色気のない。ああ、でも手伝ってやろうか?」

(簡単なのに入れ替えてやる)

「駄目だよ。第三者が入るなんてありえない。武藤くんのお兄さんじゃなくても、駄目」

愛由美は笑顔で答える。

「なんだ、残念。でもさ」

愛由美の頭を抱き寄せ、髪に鼻を埋めて言う。

「早く終わらせて、逢う努力はしてくれる?」
「う、うん……判った、考えとく……」
「良かった」

本当に嬉しそうな声に、愛由美は頬が熱くなるのを感じた。
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