クリスマス・イルミネーション

11月19日

月曜日の朝、愛由美はいつものようにパンツスーツに銀縁眼鏡姿で歩いていた。

「保坂先生、おはようございます」

女生徒が声をかけてくる。

「おはよう」

きりりとした声で答える。
何人かとそんなやり取りをした後。

「おはようございます」

聞き覚えのある声に、愛由美の心臓が跳ね上がる、和希だ。

「お、はよう、武藤くん……」

どうしても晴真の声だと思ってしまう、返事がたどたどしくなる。

「すい……」
「え……」

瞬間、水族館と言う言葉が頭を過り、愛由美は頬を引きつらせた。

「……せん、綺麗ですね」
「え！？」

歩道の脇の花壇に、水仙が一輪、咲いていた。

「あ、本当！　綺麗ね！　狂い咲きかな！？」

焦る愛由美に頓着せず、和希はぺこりと頭を下げて歩み去る。
愛由美は懸命に鼓動を抑えていた。

（落ち着け、愛由美！　『すい』に反応し過ぎ！）

「和希ー」

脇から現れた女生徒がいた、三年の水谷薫だ。

水野は当たり前のように和希と腕を組む。

「昨日、どこ行っての？　電話もしたのに、圏外って」

そんな言葉が聞こえて、愛由美は耳を澄ませた。

「兄貴と出掛けてた」

和希の返事も聞こえた。

（……浩一さんと、か）

聞いて、少し安心する。
やはり、和希と晴真は別人なのだと。

「今日は付き合ってよね」

水野の甘い声が聞こえる、愛由美は耳を澄ませたが、和希の返事は聞こえなかった。

今日は四時間目が和希のクラスの授業だった。

小テストの最中、和希が手を挙げた。

「先生、すい」
「はい！？」
「……ません、消しゴム、落としました」
「あっ、ああ、はい、消しゴムねっ」

慌てて立ち上がり歩き出すと、教卓の角に足をぶつけた。

「た……っ」

そんな様子を何人かの生徒は「何事？」と見上げ、愛由美は軽く咳払いて誤魔化す。

当の和希は無表情に見ていた。

歩み寄り、消しゴムを拾い、愛由美も無表情に戻してそれを差し出した。
和希は受け取る素ぶりから、素早く動いて、愛由美の手首を、乱暴に掴む。

目は、消しゴムは見ていない、しっかり愛由美の顔を見ていた。

「や……っ！」

愛由美は真っ赤になり、叫びそうになる口元がひきつる。
そんな顔を心の中で満足して眺め、顔は冷めた表情のまま、手を離した。

「ああ、すい」
「な……っ」
「……ません、手元が狂いました」
「い、いいえ……っ」

愛由美はくるりと背を向け、教壇に戻る。

和希は笑いをこらえるのに苦労していた、肩も揺らさずにいるのは難しい。
愛由美は物を落としたフリをして、教卓の向こう側に座り込む。

（な、なんなの！？　武藤くん、わざとよね！？　って言うか、私、取り乱し過ぎ！　いいじゃない、お兄さんと遊びに行くくらい、もしなんか言われたら素直に言えばいいのよ！　動揺って、えっ、なんか意識してるの！？）

教卓に隠れたからと言って、全く見えない訳ではない。教室の両端の前列からは丸見えだ。生徒達が不思議そうに見ていた。