クリスマス・イルミネーション
給湯室で飲み終えてしまったマイボトルを濯いで出てくると、ばったり和希に出会った。
正確には和希は数人の男友達を連れていた。
「あ……」
思わず身構える愛由美。
「すい」
「え!?」
「……とう、持ち歩いているんですね」
「えっ、ああ、これね!」
手に持ったマイボトルを振って示す。
「可愛いですね」
花柄もついたマイボトルを、和希は褒めた。
愛由美はそれを抱き締めたまま、何も言えず、真っ赤になって壁に張り付いている。
かなりずり落ちて、鼻から落ちそうな眼鏡を掛けたまま。
「……」
それを見つけた和希は、指先でブリッジの部分を押し上げた。
「ひ……っ」
思わず悲鳴が漏れた。
「見えてないんでしょ、転びますよ」
冷たい口調で言う、しかし愛由美は真っ赤になったままお礼も言えない。
「和希ー?」
男友達が呼ぶ、和希は愛由美に軽く一礼して、その輪に合流する。
その姿が廊下の角に消えて、愛由美はようやく息を吐いた。
(な、なんなのよ……!)
熱くなった頬を、両手で覆った。
「なあなあ」
富樫が声を上げた。
「今の保坂だよな!? あんな可愛い反応すんだな! 近付いたら引っ叩かれるかと思ってたぜ!」
鼻息も荒く言うのを、他のメンバーも賛同する。
和希はムッとした。
(なんだと?)
「あー判るー。顔色変えずに「なにか?」とか言いそうなイメージだったけど」
「すんげー可愛い反応するな! なんかロリの血が騒ぐ!」
(はあ!?)
「なんだ、お前、そっちか!」
富樫が茶化す。
「いやー実際の子供は興味ねえけど、あんな風に年上のくせに幼いって、なんか萌えねえ? あー駄目、想像しただけでー」
高橋が大きな体をよじり出す。
「あー、それは判るわ! 俺に甘えたまえー、守ったるでー的な? どんなワガママも聞いたるでー的な?」
「保坂、何歳だっけ? でもお菓子買ってあげようかくらい幼いな!」
「マジマジ! 保坂は童顔だけど、ないわーと思ってたけど、あの反応見たらありかなー? なあ、和希?」
言われて、和希はあからさまに不機嫌になる。
「そんなもん、判るか」
「あーお前は女王様系を足蹴にして、言うこと聞かせたいタイプだもんな。つか今日はやたら保坂に絡んでねえ?」
「絡んでねえよ」
言いながら、和希は決心する。
(そろそろ、からかうのはやめておくか)
*
翌朝、テレビを観ていると、箱根の芦ノ湖の景色が映し出された。
紅葉に染まった山が美しかった。
(箱根か……)
朝食の席で観ていた和希は、ぼんやり考える。
(あいつ連れてったら、喜ぶだろうな……)
脳裏に愛由美の笑顔が浮かんだ。
「……兄ちゃん」
和希が呟くように呼ぶと、目の前の浩一はさっと耳を塞いだ。
「……何、その態度」
「お前が兄ちゃんと呼ぶ時は、よからぬ相談をされる時だと学習してるから」
ムッとして怒鳴ってやろうかと思ったが、やめる。
「今度の日曜、車貸してくれよ」
「なんだ、デートか?」
「そ」
「へえええ?」
浩一は興味津々の顔で、身を乗り出して言う。
「今度の女は年上と見た! 和希ぃ、年上だからって背伸びして付き合うと疲れるぜー? 相手は子供と付き合ってるって判ってんだから、近所の公園でも行っときな!」
「っせーなー」
なんで判るんだ?とは聞かなかった。
「いいから貸せよ」
「いいぜ、いいぜー、可愛い弟の頼みだからなあー。事故だけは起こすなよー?」
ニヤニヤ笑って言う浩一に、和希はふんっと鼻を鳴らして応えた。
学校へ向かう電車の中で、愛由美にメッセージを送る。
『おはよう。
今度の日曜日、箱根に行かないか?』
和希が次駅の関内駅を過ぎた時、返信があった。
『おはよ。
箱根、行きたい!
水族館、あったよね!』
読んで思わず微笑んだ。
(本当に好きだな)
『いいよ、行こう』
愛由美の返信は早かった、「嬉しい」と喜ぶウサギのスタンプが送られてきた。