クリスマス・イルミネーション



「マジ勘弁してくれよな」

和希が呟く。

「恩に着るって。今度欲しいもん買ってやるから」

見れば出席者は皆社会人、どう見ても自分だけ浮いている。
楽しい飲み会にはならなそうだ、急に帰りたくなってきた。

「じゃあ、最新のiPhone買ってくれ」
「ふざけんなよ、高価過ぎだ」
「じゃ、俺はこれで……」
「待て待て! とりあえず後日考えよう!」

たくー、と和希が呟いた時。

「お待たせ」

間違いなく、聞き覚えのある声がした。

和希が恐る恐るその姿を確認すると、

「げっ」

呻き声を、浩一は聞き逃さなかった。

「どうした?」

和希は浩一の腕を掴み引き寄せ、くるりと皆に背を向ける。

「マジ、ヤバイって。あの人、俺の学校の英語の先生だ」
「マジか!」
「ねえー? お待たせ、全員揃ったわよー」

尋子に声を掛けかられて、浩一は頬を引きつらせながら振り返った。

「あ、はい! じゃあ 店に移動しましょうか!」

和希が「おい」と腕を引く。

「帰るぞ」
「まあまあ、とりあえず乾杯だけでも」
「無理だって!」
「現時点で気付いてなさそうじゃん?」
「ええっ?」

愛由美を見ると、尋子と楽しげに話していて、確かに和希には気付いていない。

いつもしている眼鏡をしていないし、和希も制服ではないからだろうか?

結局、言われるがまま、近くに居酒屋に入ってしまう。





ビールは10杯、人数分だ。

「せめてお茶……」

和希にだって、常識はある。

「まあまあ」

対して浩一はその辺りの禁忌は低い、飲んでも構わないと思っている。

武藤兄弟は並んで座り、コソコソしていた。

「もう、みんな若いじゃんー」

愛由美は愚痴った。

幹事の尋子は、今年の新入社員を三人連れてきていた。

愛由美と尋子は大学の同級生、今年で28歳だ。

「そうなの、後輩にセッティング頼まれてさ。取り引き先の武藤君に頼んで集めてもらったのよ。ね? 武藤君?」

「「はい?」」

和希と浩一が同時に返事をした。

やば……っ、と、和希は慌てて顔を伏せる。

「えっ、あ、そうなんすよ!」

浩一が慌てて言う。

「こっちも飢えたのが多くて!」

浩一は24歳で、やはり新入社員を誘って来ている。

「武藤さんって」

愛由美は小首を傾げて聞いた、和希がぴくりと肩を震わせる。

「弟さん、います?」

「「えっ!?」」

またもや和希と浩一の声が重なる。

「あ、いや、その」

口籠る浩一を脚を、和希は容赦ない力でつねった。

「あいっ……!」
「はい、もう一人、俺の下に。今高校生です」

言われて愛由美は破顔した。

「あー、やっぱりー。お二人とも声がよく似てます、武藤和希くんに」

言われて武藤兄弟は心臓がバクバクしだしたが、顔には出さないように努める。

「え、と。和希を、知ってるんですか?」

和希はわざと聞いてみた、浩一は和希の脇腹を突いて牽制したが、和希は愛由美を見て微笑んでいた。

「教え子です。私、横浜第二高校で先生してるんです」

(そんなことは知ってるよ)

和希は心の中で思う。

「へえ、先生なんだ、見えませんね」
「そうなんです、どうも甘く見えるみたいで。せめての抵抗で、学校では眼鏡掛けてできる風に見せてます」

ジョッキを両手で持ち微笑む愛由美は、やはり学校で見る姿とは大違いだった。

「目……悪いんですか?」
「ええ。今もそちらには男性がいるくらいしか判りません、なんて、そこまでではないですけど」
「そうなんだ」

和希は微笑む。

(だから俺って判らないのか)

少し安心した。

「こんなとこでお兄さん達と飲んでるなんてばれたら、嫌な顔されちゃいますね」

愛由美は笑顔のまま続けた。

「内緒にしておきますよ」

和希も笑って答える、口の端が妙に釣りあがっている気がした。

「私も内緒にしておきます」

口元に手を当てて微笑む、そんな顔は学校では見た事がなかった。
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