クリスマス・イルミネーション
和希は笑って愛由美の後を追う。
「機嫌直せよ。水族館、行くか?」
「今から? また遅くなっちゃうよ?」
「ペンギンはいないはずだから大丈夫じゃないか?」
そう言うと、駅とは反対方向に歩き出す。
「え、何処行くの?」
「中華街にある水族館」
デートがてら歩いて行こうぜ、とコートのポケットに入れた腕を差し出す。
腕を組めと言うのだ。
「中華街に? 知らなかった」
愛由美は素直に腕を組む。
「水族館フェチなのに?」
「フェチな訳じゃ……好きだけど」
赤レンガ倉庫の脇を抜け、遊歩道に入る。
横浜の街も紅葉が始まっている。
遊歩道の先の山下公園は、黄色いイチョウに縁取られていた。
日の光を通した葉が黄色味を増して輝いて見える。
「綺麗」
思わず呟いた愛由美の言葉に、和希は山下公園から出て道路沿いのイチョウ並木を歩くよう促す。
ところどころに、黄色の絨毯が敷かれていた。
「凄ーいっ」
愛由美はブーティーでイチョウの葉を踏みしめながら歩き始めた、時々カサカサ言うのが楽しくて、少しスピードを上げた時、足を取られてしまう。
「わ……っ」
右脚が不用意に上がり、後方に倒れそうになる、それを和希は体で支えた。
「あ」
全身を預けたまま、上目遣いで見上げる。
「ごめ……ありがと……」
「ったく、ガキか」
言葉は乱暴だが、太いフレームの眼鏡の奥の目は楽しげだった。
「イチョウは滑りやすいから気をつけろよ。つか、この道はやめるか?」
「だ、大丈夫っ、気をつける。綺麗だからここ歩きたい」
慌てて離れて、今度は慎重に歩き出す。
もし今、歩くことに集中できぬ状況にあったら、違う事に気を取られて歩くことすらままならないと思えた。
中華街にある水族館に着くと、また愛由美はウキウキとした顔になった。
「うふ、可愛い」
クマノミが泳ぐ様を、愛由美は嬉しそうに見ていた。
「なんか、水槽低いな」
和希は身を屈めて覗き見る。
「晴真、背、高いから余計だね」
「愛由美にはちょうどいいか」
「今日はヒールあるから、少し高いもん!」
10センチの太いヒールのブーティーを見せる。
「それくらいだと、キスもしやすいな」
「しないし!」
「即答だな」
和希は笑って水槽に目を戻した。
「って言うかさ、身長は、武藤……和希くんと同じくらい?」
「さあ、どうかな。一緒に住んでた頃は背比べもしたけど、今はそんなこともしないし。あいつの方がでかいかも?」
和希は水槽を覗き込んだまま、冷めた口調で答えた。
「そっか、そうだよね……」
(視線は同じくらいかと思ったけど、自分も学校だとぺたんこ靴だからな)
前屈みのその背中を見ていて、愛由美は気付いた。
(ふうん、そんなとこにホクロ、あるんだ)
右耳の後ろに、小さなホクロを見つけた。
(立ってると見えないんだ、私からだと)
小さな発見が、少しだけ嬉しかった。
***
その翌日。
和希のクラスの授業で。
生徒が教科書を読んでいる間、愛由美は教室内を歩いていた。
和希の脇を通り抜ける時、ふと気付く。
(……嘘)
和希の首筋に、ホクロがあった。
昨日見つけた晴真と全く同じ場所に。
(……兄弟だと、同じ所にあったりする……? まさか、そんな……?)
不安を、唇を噛み締める事で消した。