クリスマス・イルミネーション
12月9日
「兄ちゃん」
リビングに入るなり言う和希に、条件反射で耳を塞ごうとすると、その姿を見て浩一は眉をひそめる。
「それ、俺のコート……」
「借りるな」
黒いメルトン素材のコートの襟を引っ張って言う。
「よりによって1番高いやつ選びやがって」
もともと、和希は浩一の服をちょくちょく勝手に借りては行くが、高価なものとなれば咎めたくもなる。
「お目が高いと言ってくれ」
笑顔で言うと、さっさと玄関へ向かう。
「ったく、相手の女、相当年上だろ!」
背中にかかる声に、内心舌を巻く。
(だから、なんで判るんだ)
いつも学校へ来て行くダッフルコートでは愛由美にバレるかも知れない、もう一つ友人達と遊びに行く時の物があるが、それではいかにも高校生なモッズコートだった。
大学生風に見せるために、浩一のステンカラーのコートを選んだ。
夜の山は冷える、愛由美にも厚着をして来いと言ってある。
ドライブも兼ねて横浜を出た。
寒いじゃんと嫌がる愛由美を、道中の湘南の海に連れ出す。
確かに海風は冷たいが、波の音が心地良かった。
柔らかい日差しの中、嫌がっていたハスの愛由美は上機嫌で歩く。
「正月は鎌倉に初詣に来ないか?」
その背中に、和希が誘う。
「あ、ごめん。冬休み入ったらすぐ実家帰る」
愛由美は波と戯れながら答えた。
実際には29日からだ。
「そんなに際歩いてると濡れるぞ、って、そうか、帰省か……」
「うん、一応楽しみにされてるしね。毎年だとさすがにお金がないから、二年に一度帰るようにしてるの」
それが今年だった、既に新幹線のチケットも手に入れている。
「……俺もついて行こうかな」
ぽつりと言われて、愛由美は足を止めた。
「なんで?」
「愛由美が育ったとこ、見てみたい」
「なんにもないよ?」
「無くてもいい。愛由美が何を見て育ったか知りたい」
愛由美が次の言葉を探して立ち竦んでいると、
「おい」
和希は愛由美の二の腕を引き、抱き寄せて、更に二歩、三歩と後ずさる。
「濡れるぞ」
「あ」
愛由美がさっきまでいた場所の足跡が、波にさらわれて消える。
「ありがとう、さすがにこの寒空に濡れたくはないわ」
和希の腕の中で、そのかんばせを見上げた。
和希の瞳の奥にある熱が判った、愛由美は戸惑い俯く。
しかし、和希はその顎に指をかけ、上を向かせた。
なに、と聞くより前に、二人の唇が重なった。
戸惑いどうしていいか判らず、ようやく目を閉じようと思った時には、唇は離れていた。
「行こう」
何事もなかったように言って、手を繋ぎ歩き出す。
(キス、しちゃった……)
心臓が高鳴る、それが繋げられた手からバレてしまいそうで落ち着かなかった。
見上げた和希の横顔は平素のままで、キス如きでドキドキしている自分の方がおかしいのかとさえ思えた。
先程まで会話の続きもなく、二人は海岸線を歩いていく。