クリスマス・イルミネーション
もう日付も変わろうと言う時間に帰宅した和希を、浩一と三恵子は起きて待っていた。
「お母さーん、不良息子が帰って来ましたよー」
「今回こそ、帰ってこないと思ってたのにね」
三恵子はクスクス笑いながら言う。
「じゃあ起きて待ってるなよ」
和希は無愛想に言う。
「待ってたわけじゃないんだよーん」
浩一がからかって言う。
「そうかよ」
車の鍵をキッチンのカウンターに置き、さっさと出て行こうとすると、
「でも、和希」
三恵子に呼び止められた。
「こんな時間まで連れ回しても大丈夫な方なの?」
「大丈夫だよ」
たぶん、と心の中で付け加える。明日の朝は、多少寝坊はするかも知れないが。
「大丈夫だろ、年上らしいから。一人暮らしの社会人か?」
(本当に。なんで判るんだよ?)
和希は半目で浩一を見た。
「社会人かあ。だったら和希に合うかもね」
「……は?」
「和希は浩一の影響か、かなり大人びた考え方するでしょ? 同じ年くらいの子だとつまらないんじゃない?」
(あー、なるほど)
それは思い当たる節はある。
「早く紹介してね」
三恵子は嬉しそうに言った。
「しねえし」
無愛想に応える。
「浩一、急がないと和希に先越されちゃうわよ」
三恵子に言われ、矛先が自分に向いたと浩一は身構える。
「いやー、こればっかりは俺の努力次第でなんとかなるものでもー」
「女の子の影もないようじゃ、少し心配よ」
二人のやり取りを聞きながら、和希は部屋を出た。
(別に俺だって、本気な訳じゃ……)
思いかけて、それ以上考えるのはやめた。
*
(さすがに寝坊したっ)
月曜日の朝、愛由美は早足で歩いていた。
帰宅してからも寝付けなかったのもある、そのまま寝なくてもいいかと思うほど、眠気は来なかった。
生徒が多く通る道に出た時、前方に和希がいるのが見えた。
(あ……っ)
思わず後ずさり、角に隠れた。
何人かの生徒が訝しげに見て、頭を下げたり挨拶したりしながら、通り過ぎて行く。
それらに平静を装って返しながら、頬を両手で押さえた。
(か、隠れなくても……)
思った瞬間、昨日の事を思い出し、頬を押さえていた手で顔を覆った。
溢れ出した想いは止まらなかった。
あの後、ツリーの近くまで行き、更にイルミネーションの中を歩いた。
周囲のカップルもそうであったように、自分たちもそこでもキスをしたし、家まで送ってくれた帰りの車の中でもキスをした。回数を重ねる程、濃厚になるのが判った。
別れ際に抱き締めあった時には、離れたくないとさえ思った。
(……明日から、もっと出勤早くしよ)
よしっと心に決めて歩き出すと、その脇を水野が早足に抜き去って行った。
(あ)
和希がいる、今日も腕を組んで行くのか……何故だか少し心が痛んだが、その理由を探る間も無く、意外な光景が目に入った。
水野はそのままズンズンと歩いて行き、和希と挨拶どころか目を合わす様子もなく歩み去った。
和希も呼び止めもしない。
(あれ?)
つい先日見た、甘い様子は微塵もなかった。
(別れた、のかな。まあ、私には関係ない事だけど)
何故かほんの少し、ほっとしていた。
*
『ごめん、今日は無理』
釣れない愛由美からのメッセージをじっと和希は見つめていた。
夕方の自宅のベッドの上である。
今日も会いたいとメッセージを送ったが断わられ、その後もどうして?とメッセージをいくつか送ったが、返信は全くない。
(性急過ぎたか)
昨日のキスを思い出す。
思いの外、良い触り心地だった。もっともっとと思う内に、最後は愛由美に「もう駄目」とやんわり止められた。
(学校でも、案外と普通だったな)
授業でも、自分と目が合えばもっと動揺するかと思ったら、意外やいつもの愛由美のままだった。
すれ違ったらいじめてやろうと思っていたが、それすら無かった。
(バレた?)
でもだったら、もっとリアクションがありそうだ。
(嫌われたか)
でもやんわりと断わられはしたが、絶対に嫌われてはいない自信はある。
別れ際の、揺れる瞳で名を呼んだ時の愛由美の顔を思い出す、あんな目をした女が数時間で心変わりするとは思えない。
(……逢いてえなあ……)
「……やりてぇ……」
溜息を吐いて、スマホの画面を消した。