クリスマス・イルミネーション
浩一の言葉に、愛由美は体を硬直させた。
(ええええーっ!?)
「昨日はデートの約束をしていたのですが、急用で行けなくなってしまって。愛由美、すごく楽しみにしていたんです、だから代わりに弟に行ってもらったんですが、なんでも友達に会って、酷く誤解されたと聞きまして。愛由美もショックを受けて帰ってしまったと言うし、電話にも出てくれなくて。まさかこんな事になるなんて!」
浩一は愛由美の小さな体を抱き締めた。
「前々から、俺との交際は嫌がっていたんです。教え子のお兄さんとは付き合えない、せめて和希が卒業するのを待って欲しいと。でも半ば無理強いしたのは私です、どうか許してやって下さい!」
一気に言うと、校長達の出方を待った。
「失礼ですが……何処でお知り合いに?」
「彼女の大学時代の友人が、私の会社の取引先におりまして、飲み会を催した際に来てくれたんです。一目惚れでした」
恥ずかしそうに言う、大した役者だと和希は感心した。
校長と副校長が目配せするのを見た。
「では、保坂先生と武藤和希くんは、不適切な関係では、ないと?」
「勿論です、そんなことになれば、私が許しません!」
「……そうですか」
校長の言葉に、愛由美は安堵の溜息を吐いた。
自然と浩一の背に手を当て、そっと抱き締めるようにしていた。
和希よりは低いが浩一も背が高い、その体にすっぽり収まった愛由美からは、口元をヒクヒクさせている和希は見えなかった。
「保坂先生も、おっしゃって下さればよいのに」
「す、すみません……」
「愛由美は真面目ですから。和希といたのは事実なので申し開きはしなかったんでしょう」
浩一が意味もなく抱き締め直すのを見て、和希は額に青筋を立てる。
「もう、よろしいですか?」
浩一が聞くと、二人揃って「はい」と言ってくれた。
「あの」
愛由美が浩一の手を解いて、頭を下げた。
「ありがとうございます、もう誤解を招くようなことはしません」
「そのようにお願いします」
校長は優しく笑ってくれた。
浩一は愛由美の肩を抱き部屋を出ると、和希が一礼してドアを締め、廊下を歩く二人の後をついていく。
角を曲がり、十分離れたところで。
「おい」
浩一の脇腹に、本気の右フックを入れる。
「だ……っ」
呻いてしゃがみこむ浩一。
「いつまで抱き付いてやがる」
「てめえなっ、命の恩人に向かってっ」
「うるせえ、うまく言ってくれと頼んだんだ、誰が抱きついていいって言った」
「いやあ、想像以上に可愛くて、つい」
「なーにーをー?」
「武藤くん、いいよ」
愛由美が慌てて割って入る。
「本当にありがとうございました、助かりました」
「いやいや、和希が珍しく頭下げるもんだから」
浩一の言葉を聞いて、和希は下げてねえとかなんとか怒っている。
「よもや。この間の合コンで成立とは」
「違うわい」
和希は言うが、愛由美は真っ赤になっている。
「こんな弟だけど、よろしくお願いしますね、愛由美さん」
「いえ、あの、私は……」
「あ、でも俺もああ啖呵切った以上、付き合ってる風に見せないといけないな。今度はいつ会います?」
「ああ!?」
怒ったのは和希だ。
「冗談だよ、でも半分本気な。近々三人で会おうぜ。とりまうまくやれよ、じゃあな」
クスクス笑って手を振る。
「ああ、悪かったな、来てもらって」
「いやいや、可愛い弟の為ならば」
へいへい、と嬉しくなさそうな顔をして和希も手を振る。
浩一は昇降口を出ると、くるりと振り返った。
「愛してるぞ、愛由美!!!」
大音量で叫んだ。
「な……っ」
愛由美は和希の後ろに隠れて真っ赤になって立ち竦む。
和希は「ほほう」と感心したように呟いたが、青筋は浮いていた。
授業中だった学校がざわめき出す、全ての教室から、数人ずつ生徒が浩一を見下ろしていた。
その様子を見て満足気に歩き出す浩一。
「……一応、付き合ってますアピールだろ」
和希が冷静に言い、愛由美は「あ」と納得した。
校長室だけのやり取りでは、和希との噂は消えないからだ。
「なあにが愛してるだ、あいつに頼んだのは間違いだったか」
和希の言葉に、愛由美は首を横に振った。
「多分、全く関係ない人が来ても、誰も信用してくれないよ。私も、浩一さんじゃなかったら、訳わかんなくなってたかも」
愛由美は小さな声で言う。
「……ありがと、私の為に、呼んでくれたんだね」
俯き加減で言う愛由美を、和希は抱き締めた。
「……っ! また見られたら……っ!」
「俺は見られてもいいんだよ」
「……っ!?」
愛由美は和希を見上げて睨む。
「キスしろよ」
「な、なんで!?」
「お礼のキス。浩一が来なかったらどうするつもりだった?」
「う……っ」
確かにあのままでは、一日中でも校長達とにらめっこをしていただろう、愛由美は諦めてキスをする事にした。
でも、和希は身を屈めようともしない。精一杯背伸びをして和希の首に腕を巻き付け、ようやく唇が触れた。
和希は満足気に笑う。
「いいだろう」
「……ばかっ」
離れた愛由美を捕まえ引き寄せ額にキスをした。
「じゃあ、後でな」
手を振って去って行く和希を、愛由美は頬を染めたまま見送る。
後で、の意味も深く考えず。