クリスマス・イルミネーション

思いの外饒舌な和希の告白を、愛由美は真っ赤になって聞いている。

「小さいくせに触れ心地のいい唇とか、生足は細くて綺麗なところとか」

それは長くパンツスーツ姿しか見ていなかったからこその感想だった。もっとも普段着を見るようになってからも、季節柄いつもタイツを履いていたはずだが。

「顔はガキのくせに体は大人なところとか、喘ぎ声がすんげー可愛くてエロいとことか」
「もういいっ!」

愛由美が怒鳴ったのと、男連中の一人がチューハイを吹き出すのとは同時だった。

「えっ」

愛由美は慌てて視線を走らせる。

男連中の一人は吹いてしまったチューハイを拭くのに夢中だが、残りの二人は興奮した目で二人を見ていて、一人は目を剥いて見ていた。

右隣からは咳払いが聞こえた。そちらはカップルで、愛由美の斜向かいの位置に座る男性は真っ赤な顔でゴホゴホ言いながら床を見つめ、女性の方は陶然とした顔で和希をずっと見つめている。

(嘘……聞かれてるし……!)

愛由美は小さくなる。

「とにかくさ」

和希は涼しい顔で続ける。

「俺、別れる気、ないから」
「……無理だよ……」
「聞き飽きた」

怒気を孕んだ声に、愛由美は恐る恐る顔を上げる。

「お前から好きって言い出すまで、諦めないからな」
「だから、なんで私……」
「も一回言うか?」
「ごめん、いい……」

愛由美は項垂れて呟く。
小さな溜息を吐いたあと、額を手で押さえて視界を隠すようにして和希を見た。

「……好きって言ったら、なかった事にしてくれるのね?」

聞いた和希のこめかみに青筋が浮いたのを、愛由美ははっきりと見た。

「だからって、言やいいってもんじゃねえからな。そんな事したらストーカーになってやる」
「もう、どっちよ……」
「なかった事になんかしねえし」

愛由美は呻いて、小さくなった。

「ふざけた事ばっかり言ってると」

テーブルに置いていたスマホを取り上げ、ホームボタンを押す。意味を察した愛由美は慌てて手を伸ばし、画面を覆い隠す。
その手を和希はそっと握った。

「本当に愛由美が好きなんだよ」

真剣な声に、愛由美は和希を顔を見た。
真剣な、優しい瞳があった。

「騙したことは謝る。でも晴真も和希も愛由美が好きだ。この先も、お前と一緒にいたいって思ってる。ちゃんと考えてくれ。そのネックレスの意味は半端な気持ちじゃない」

意味もなく「でも」と言いたい愛由美の言葉を、和希の目が否定していた。
愛由美のためらいなど、和希には無用なのだとはっきりと判る。

(好きになったのは、私だ……っ)

愛由美は涙ぐみ、ゆっくり、小さく頷いた。

それを見た男四人組が、揃って小さな拍手をしてくれた。
カップルも笑っている。
四人組の一人が和希にハイタッチを求め、もう一人は「お祝い」と言ってビールのジョッキを差し出したが、それを和希は断っていた。

「……後で、文句言っても聞かないからね……っ」

負け惜しみで言う。

「これまでも散々文句は言ってるだろ、これ以上どんな文句が出ると思ってるんだ」
「もう……生意気……」

ポロポロと泣き出した愛由美の頭を、和希は優しく撫でた。

(年下のくせに)

大きくて温かい手が心地良かった。

「大体、愛由美もいい歳なんだから、今俺を逃したら、後はないんじゃないか?」

突然居丈高な物言いで言い出す和希。

「う、うるさいなっ」
「好きって言えよ」

愛由美は悔しさから、下目遣いで睨み付ける。
それすら男を誘うとも知らずに。

「……絶対言わないっ」

和希は片眉を上げ、「ああ?」と凄む。

「いい度胸だ、あとで覚えておけよ」

和希は頬杖をついたまま、いつもように意地の悪い笑みを浮かべた、その眼鏡の奥の瞳はやさしく微笑んでいた。

(悔しいから、今は言わない。今は、ね)

愛由美は笑顔になっていた、そっと和希の手に自身の手を重ねて握り締める。

「結局……今年はクリスマスイルミネーション、見れなかったね」
「帰りが遅い愛由美が悪い」
「ごめん」

謝罪の続きで、来年、と続けようとして止まった。
それを察したのか、和希は手を返して愛由美の手を握り返す。

「まあ、昨日も見たし、今年が最後って訳じゃないし。来年なら大手を振って逢えるからいいだろ──和希としてな」

言葉に愛由美は頷く、口元が緩んだのが判った。
一年後の約束だ、教師と生徒としてではない、恋人としての──。



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