クリスマス・イルミネーション



二時間目が、よりによって和希のいるクラスの授業だった。

背すじを伸ばし、眼鏡を上げる。教室に入る前のルーティンだ。
勢いを付けてドアを開ける。

「始めます」

凛とした声で告げた。

小柄で童顔の自分が、高校生相手に教師でいるために自分を律した。

笑わない、馴れ馴れしくしない、声も低く。

「まずは、先日の小テストを返します、宇野さん」

一人ひとり、手渡しで返す。

「……羽鳥さん。武藤さん」

返事もせずに立ち上がり、和希は教壇へ近付く。

和希は、わざと愛由美の手の近くで答案用紙を受け取った。
微かに指先が触れる程、近く。

「……っ!」

愛由美は体を震わせた、怯えた目で和希を見上げる。
和希は表情も変えずに、背を向ける。

愛由美は思わず、触れ合った手を胸に当てた。

(わざと、でもなく……偶然?)

跳ね上がった鼓動を抑えて、次の生徒を呼ぶ。

和希は席に着くと、頬杖をついて愛由美を見た。

(いつもトゲトゲしてる保坂が、可愛い反応だなあ)

口元が釣り上がるのを、指で押さえた。

次の三時間目の授業の最中に、隠れてスマホを取り出して、メッセージを送る。

『昨日は楽しかったです。
和希の兄の武藤晴真です。
良かったら、今日会ってくれませんか?』

送信ボタンを押して、思わず微笑んだ。





愛由美がメッセージに気付いたのは放課後だった。

思わず受信した時間を確認した。

(……授業中だ)

スマホなどはロッカーにしまうのが決まりだが、でも体育でも無ければ触る事は可能だろう。

和希のクラスは、自分の後は社会科だったと記憶する。

(……『晴真』)

名前を何度も確認する、居ないはずの兄の名前を。

(会わない方が……)

画面を消そうとする、でも、電源ボタンが押せない。

(……会って、確認しよう……!)

返信ボタンを押した。




和希がそのメッセージを受け取ったのは、自宅の部屋だった。

『返信遅くなってごめんなさい。保坂です。
昨日はありがとうございました、お兄さんにもよろしくお伝えください。
今日って、これからでも大丈夫ですか?』

和希は微笑む。

「……会うんだ」

呟いて、返信ボタンを押す。

『会えますか? 嬉しいです。
これからでも大丈夫ですよ』

愛由美からの返信はすぐにあった。

『済ませないといけない事務があります。七時を過ぎても大丈夫ですか?』
「……高校生をそんな時間に呼び出すなんて、悪い先生だな」

笑顔で呟いて、返信する。

『大丈夫です、横浜駅西口の交番の前で待ってます』

今度の愛由美からの返信は、少し間があった。

『はい。お願いします』

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