クリスマス・イルミネーション



先に待って居たのは、愛由美だった。
今日は眼鏡を掛けているので、駅から歩いて来た和希をすぐに見つけた。

「晴真、さん」

ああ、そんな名前にしたな、と伊達眼鏡の奥の瞳を細めて、和希は微笑んだ。

「待ちました?」
「いえ、来たばかりで」

表情が浮かないと、和希はすぐに判った。
どうかした?と聞く前に、愛由美は意を決したように口を開いた。

「晴真さんは、本当に和希さんのお兄さんなんですか?」

やばい、もうバレたか、しかし顔には出さずに微笑んだ。

「そうですよ。なにか疑問が?」
「あ、あの。担任に聞いたら和希さんのお兄さんは一人だって。昨日、もう一人お兄さん、いましたよね? だから、もしかして、なんですけど。その。晴真さんが、和希さん、本人、って事は、ない、ですよね?」

たどたどしく言う愛由美に、和希は微笑む。

(なんだ。本当の間抜けではないのか)

内心感心しつつ、用意していた言い訳を話し出した。

「実は。親が離婚してるんです」
「……えっ?」

驚いた顔も、予測通り。和希は内心、判りやすいヤツ、とほくそ笑む。

「兄と和希は父に引き取られました、俺は母親に。そんな昔の話ではないので、今でも子供たちは勝手に交流してます。昨日みたいに兄貴に呼ばれることも」

ちょっと淋しげな雰囲気を滲ませて、和希は言った。
愛由美もそれに同情した。

「ごめんなさい……っ、余計な事を……っ」

真剣に謝る愛由美に、和希は内心でベロを出す。

(簡単なヤツ)

「大丈夫です。子供の頃に離れ離れって訳でもないですから、子は子、親は親でどうぞご勝手にって感じなんで。じゃ、とりあえず、ご飯、付き合ってくれる?」

優しい和希……もとい『晴真』の言葉に、愛由美はこくん、と頷いた。

「何、食べます?」
「あ、ラーメン食べたいです」

愛由美は嬉しそうに言った、和希は途端に眉根を寄せる。

「それって……とっとと食べて、速攻帰る気マンマンですね」
「えっ!?」

愛由美は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせた。
和希は我慢出来ずに吹き出す。

「ごめん……男に免疫ない訳じゃないよね……?」
「な、ない訳じゃないけど!」

愛由美は墓穴を掘っている自覚を持ちながらも、顔のほてりはコントロールできなかった。

「そのっ。年下の子って言うのが、慣れなくて! なんか生徒みたいだし!」

和希は含み笑いが止まらない、

(そりゃそうだ、俺は教え子だよ)

言ってやりたいのを我慢する。

愛由美は熱い頬を、冷えた手で覆った。

(まあ男と付き合ったのも、学生時代以来だわ。免疫はないも同然かも)

そんな事は言いたくも無いけれど。

真っ赤になって俯く愛由美を見て、和希は心が揺れた。
ダブルのジャケットの前を開くと、その中に愛由美を閉じ込める。

「え……っ? えっ、なに……っ!?」

ジャケットの中で、愛由美は和希を見上げる。
上目遣いの所為で、大きな瞳は眼鏡のフレームからは外れていた。

(マジか)

和希が頬が熱くなるのを感じる番だった。

(学校じゃ見せねぇ顔しやがって)

小柄な愛由美は、和希の腕の中にすっぽり収まっていた。

勝気に見せる銀縁の眼鏡の奥の瞳が動揺で揺れている、そのアンバランスが煽情的だった。

「あの……っ!」

愛由美は和希の腕の中でもがく。

「同じ年のフリをしてみよう」
「はい……っ!?」
「愛由美」
「な……っ!?」
「愛由美も呼んでみて。晴真って」
「な、何を言って……っ!」
「呼び捨てが同じ年の友達の基本でしょ?」
「同じ年は無理があるかと……!」
「いいから。愛由美」

呼ぶ度、愛由美の身体が震える、それがちょっと面白かった。

「呼んでよ。晴真って」
(呼べよ)

和希は無意識のうちに、腕に力を込めていた。

「は、は、る、ま……っ」

愛由美は顔を真っ赤にして、唇を震わせて呼んだ。

(男を呼び捨てにもできないなんて、処女かよ)

吹き出したいの必死に堪える。
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