クリスマス・イルミネーション
「ぎこちな」
「う、うるさいなっ」
「そうそう、その感じ」

嬉しそうに笑う和希を、愛由美はジャケットの中から見上げる。

「せ、せめて、くん付けで……」
「駄目、呼び捨てにできなかったら返さない」
「はい?」
「早く」

和希は自分でも不思議だった。
普段ならこんな我儘な事は言わない、面倒だからだ。

『晴真』と言う立場だと、なんでも出来そうな気がしてきた。

「早く呼んでよ、愛由美」

熱っぽい声で言われ、愛由美は心臓が飛び出しそうだった。
腕の中に囚われていると、それが知られてしまいそうで怖かった。

「判ったから! 晴真っ!」
「そんな投げやりに言われてもなあ」

和希は笑いながらも愛由美を解放した。

「で? 何食べたい?」

口の端を釣り上げて言う和希に、愛由美はきっ、と視線を上げて言い放つ。

「ラーメンっ!」

和希はこめかみに青筋を浮かべたが、ラーメンを食べたい愛由美の意見は尊重する事にした。





駅近くにある『たぬき小路』と呼ばれる通りにあるラーメン屋に入った。

店は食券だ、お金は愛由美が払う。

「え、いいよ……」

和希は言った。

「いいよ、私、社会人だよ? 学生さんにラーメンくらい奢るよ」

『晴真』は大学生と言う設定だ。

「……ありがとう」

本当は高校生の和希には新鮮だった。

デートではジュースくらいなら奢ることあるが、ご飯ともなれば必ず割り勘だ。

(ふうん。こんだけ年上の女ってのもいいな)

一階にはカウンターしかない店だ、お世辞にも綺麗とは言えない店内で並んで座る。

「はあ。初めてのデートなのに、色気ないな」

和希が愚痴る。

「いいじゃない。ラーメン屋さんって女一人で入るの、勇気いるんだもん」

愛由美は湯気が立ち上る大きな鍋を見てご機嫌だ。

「ふうん」
(こんな風に笑うんだな)
「まあ、嬉しいならいいけど」

やがて、出てきたラーメンに、愛由美は眼鏡を曇らせる。

「あ、もうっ」
「ラーメンの時、眼鏡はな」
「邪魔っ」

愛由美は眼鏡を外し、脇に置いた。それを見て和希も外す。

はっきりした視界を失った愛由美は、目の前のラーメンに夢中だ。
一方和希は視力はしっかりしている、愛由美の横顔を見つめた。

「……今日は、なんで眼鏡?」

眼鏡の顔の方が見慣れているが、『晴真』は愛由美が眼鏡なのは初めてだ、疑問として聞いて見た。

「うーん」

麺に息を吹きかけながら言う。

「私、高校で英語の教師やってるの」

(知ってる)

和希は心の中で笑う。

「一年目の時にね、たまたま男子生徒と仲良く話していたのを先輩先生に見られて、怒られたの」
「へえ?」
「私、背も低いし、童顔だからかな、なんか変に誤解されて。色目を使うなとかなんとか。そんなつもり全然なかったのに、そんな風に言われて、哀しくなって。だから少しでも大人っぽくと言うか、見た目だけでもバカにされないように、学校では眼鏡にしてるの。少し賢そうに見えるでしょ?」

愛由美の告白に、和希は思わず自分が外した眼鏡を見た。
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