最強の暗黒龍は喪女にゾッコン ~VRMMOの裏ボスが子作り前提で求愛してきました~

 両手を広げた人外のエヴィエニスが一歩、私に歩み寄る。
 私の脳内を支配していたのは、本能的な恐怖――。私は本能に従い、後ず去った。
 その際、手の甲が椅子に触れ、ガタンと耳障りな音を立てる。
 エヴィエニスが立ち止まる。
 変わり果てた姿の彼の瞳と表情からは、感情が読み取れない。
 ただ……ただ、本当に何となくでしかないが、悲しそうに見えた。
 広げられた両腕が、力なく下ろされる。

「……」

『……』

 リビングに沈黙の重い空気が立ち込める。
 緊張と恐怖で、肌が痛みを感じていると錯覚する。
 恐怖? と自分に疑問を投げかけた。
 未知の存在に恐怖している。違うだろう、目の前の人語を操る人外は未知ではない。
 VRMMOの裏ボスだ。ならば、恐れる理由はなんだ?


 牙が生えているから?
 爪が尖っているから?
 人じゃないから?
 食われてしまうかもと、身の危険が一瞬でも過ぎったから?
 くだらない。――どれも、吐いて捨てるような下らない理由だ。
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