ふたりの関係には嘘がある~俺様エリートとの偽装恋愛は溺愛の始まり~
「ふたりに先輩はなにかして来たの?」
恐る恐る聞くと、志摩くんは苦笑いと共に、小さく頷いた。
「でも、大丈夫だ」
私の不安を感じ取った志摩くんは、慌てて言葉を付け足した。
「先輩を見張ってた先生が助けてくれたし、壊れた携帯電話のデータが復旧してたから、先輩はなにもしなくなったんだ。それと、ふたりで恐怖の時間を共有したことで、仲も深まった」
苦笑いを浮かべた志摩くん。
その表情と結果を聞いて、それなら良かった…なんて。
思えない。
志摩くんの記憶を確かなものだとするなら、先生を呼びに行こうとした志摩くんの言葉を無視し、先輩に向かって飛び込んだのは私なのだから。
元凶である私が何もせず、平穏に暮らしていた裏で、ふたりを危険な目に遭わせていたなんて。
それ知って、どうにも遣る瀬無い気持ちになった。
「言ってくれればよかったのに」
今更だけど、言わずにいられなかった。
「言うわけないでしょ」
ドスの効いた声に振り向くと、背後にはいつのまにかグレーのエンパイアラインのドレスに着替えた及川さんが立っていた。
「うわ。綺麗」
古代ギリシャの女神をモデルとしたデザインのエンパイアドレスは及川さんにとても似合っている。
「女神が降臨したみたい」
思ったことを口に出すと、及川さんは当たり前だと言わんばかりに無表情で「ありがとう」とだけ言って、話題を中学の時の話にあっさりと戻した。
「あの頃、千葉さんは志摩くんを独り占めしてたわよね?」
「アリ地獄探してる時?」
聞き返すと及川さんはコクリと頷き、話を続けた。
「ふたりでコソコソしてて。不愉快だった。私だってふたりきりになりたかったのに。だからあの時、チャンスだって思ったわ。今度は私の番って。あんな悲惨な場面を見られても、ね」
最後の部分は、力なく笑って言っていた。
思い出したくないことだったのだろう。
気付いた志摩くんが及川さんの肩を抱き、優しくさすった。
その手を及川さんは取った。
「この手を誰にも渡したくなかったの」
強い口調とは裏腹に、志摩くんの手を握る及川さんの手は小刻みに震えていた。
不安なのだ。
志摩くんが私に取られそうで。
なぜ、そこまで志摩くんのことが好きなのかは、志摩くん以外の男性を好きになった今ではもはや分からない。
でも、大丈夫だよ、って言ってあげたい。
それを言うのが私でないのは分かっていても、言ってあげたい。
「だ…」
「大丈夫ですよ」