ふたりの関係には嘘がある~俺様エリートとの偽装恋愛は溺愛の始まり~
「また仕事持ってきてくれたのか?」
「いえ。今日は近くに来ていたので寄っただけです」
営業が上手い実松くんとはいえ、何件も立て続けに仕事は持って来ない。
たとえ、実際に持って来てくれたとしても、安藤さんは手一杯な状態だし、私も来月に予約されている新規のお客様のことがある。
仕事の依頼ではなくて、残念なような、ホッとしたような、複雑な心境だ。
「これから本社に戻るのか?」
安藤さんが実松くんに聞いた。
「いえ。直帰の予定ですよ」
「なら、これから一杯、行くか?」
お猪口を持つ仕草をして見せた安藤さん。
その誘いを実松くんは身を屈め、私の肩を抱いて断った。
「今日は恋人を食事に誘うために来たんです」
「えっ?!」
安藤さんの驚きの声が事務所内に響いた。
「お前たち、本当に付き合うことにしたのか?」
人差し指で、私と実松くんを交互に指差す安藤さん。
自分で勧めておきながら、と言いたいのを堪え、実松くんを見上げる。
「なんで、言うの」
「隠すことじゃないだろ。平井さんは知っているみたいだし」
実松くんは穏やかな表情で私たちのやり取りを見ている平井さんを見て、私がすでに話していることを察知したようだ。
となると、たしかに、安藤さんだけが知らないというのは心苦しい。
立ち上がり、安藤さんに自分の口から伝える。
「実松くんとお付き合いさせて頂くことになりました。仕事に支障は出ないようにするのでどうぞよろしくお願いします」
「お、おう」
まだこの展開についていけていない安藤さんに、重ねてひとつお願いをしておく。
「親には頃合いを見て自分から話すので、安藤さんからは言わないでおいてください」
「分かった」
そう言って親指を立てて見せた安藤さんは、何度か頷き、実松くんの前に立ち、彼の肩をポンと叩いた。
「恭子を泣かせることがあったら容赦しないからな」
まるで親のような台詞に笑ってしまう。
そんな私の方を安藤さんは見た。
「恭子も。実松を大事にしろよ。こんないい男、ほかにいないからな」
「はい」
真面目な顔の安藤さんに、短く答える。
そうすればニコリと微笑んでくれた。