ふたりの関係には嘘がある~俺様エリートとの偽装恋愛は溺愛の始まり~
「人の旦那見てにやけてないで、ちゃんと仕事してくださいよ」
外にまで聞こえるのではないかと思うほどの怒声に、その場にいたスタッフや参加者の手が止まり、表情が凍りついた。
「申し訳ありません」
頭を下げて謝る矢野さんに、及川さんは別のスタッフを連れてくるよう頼んだ。
矢野さんは悪いことしてないのに。
「実松くんと志摩くんがイケメンだからいけないんですよね」
ドレスを着せてもらっている最中に、ポツリと呟くと矢野さんは眉根を寄せて微笑んだ。
「いえ。私がいけないんです。及川さまのように女の目を気になさる方はいらっしゃるのです。それを知っていながら、カッコいいなどと興奮気味に言ってしまったのは私なので」
嫉妬。
独占欲。
ふたりの亀裂。
このブライダルフェアを通じて、裂け目を埋めて欲しいと思ったけど、あの怒声を聞いてしまうと事は想像以上に難しいような気がした。
「千葉さまは?」
矢野さんの声に意識を及川さんから目の前に向ける。
「千葉さまは嫉妬とかありませんか?」
「そりゃ、ありますよ」
元カノの影が気になると本人に直接言ったくらい、嫉妬はした。
でも、その後は実松くんが好意を分かりやすく示してくれるからさほど気にならない。
むしろカッコいい彼氏、なんて言われれば鼻が高い。
「ただ、逆に私でいいのか、という不安はありますね」
つい不安を口にすると、矢野さんは目元にしわを寄せ、ニコリと微笑んだ。
「お似合いですよ。千葉さまは私が見てきた中でも上位に入るほどお綺麗な方です。このドレス姿を見て焦るのは、さて誰でしょうかね」
意味深な発言をした矢野さんは、試着室を出てから、美容師さんを呼んで来てくれた。
それから髪を結ってもらい、メイクも済ませる。
鏡に映し出された自分は、自分じゃないみたいに見えた。