恋を忘れた君に
基はと言えば沢渡さんのせいだ。
そうだ、沢渡さんのせいだ。
きっ、と彼を軽く睨みつけてやった。
当の本人はどうして睨まれているのか分からない、と言う様に首を傾げながら、余裕の笑み。
私、この人の勝てる気がしない。
相田さんとななせが一しきり笑い終わると、二人揃って、ふう、と一息吐き、行きますか、と歩き出した。
私はななせと、相田さんは沢渡さんと、横に並んで歩いた。
「そういえば、どうして今日は沢渡さんと相田さん、別々だったんですか?同じ会社でしたよね?」
「同じ会社って言っても他部署だからね、とは言え、蓮がもう少し待っててくれても良かったんじゃないかなあ、とは思うけど。」
相田さんがそう言いながら、沢渡さんの脇腹を突く。
擽ったいと、相田さんの手を払い除けながら、
「待ってたら、どんどん残業させられそうだったから。その気持ち分かるでしょ?」
「分かるけど・・・んんん・・・。」
私もその気持ちはすっごくわかる。
だから今日も誰よりも早く帰った。
でも相田さんは納得がいっていないような、ちょっと寂しそうな。
彼が好かれる理由は、こういった人懐こいところなんだろうな、と改めて思った。
「ねね、夢。」
「どしたの、」
「今日さ、二人ともスーツじゃん?何かいつもよりめちゃくちゃ格好良く見えない?」
言われてみれば、今日は二人ともスーツだった。
私服の時もスタイルが良いとは思っていたが、スーツだと更に良く見える。
そして確かにスーツというものは不思議で、いつもの3割増しくらい、素敵に見える、気がする。
ななせは無類のスーツ好き。
相田さんのスーツ姿にうっとりしていた。
私も一応、隣に居る沢渡さんの背中を眺めた。
こうやって眺めている分には凄く素敵な人なんだけどな。
二人揃って前を行くスーツを眺めていると、
「あ~、背中に抱き着きたい・・・。」
とななせが呟く。
「それ、本人にいってあげよっか?」
そろー、と相田さんの背中に手を伸ばすが、ななせに勿論阻止される。
そこまでは予想はしていた。
然し、阻止する為に伸ばされた手は、そのまま先に伸び、沢渡さんの背中を突いた。
当たり前だが、それに沢渡さんが振り返る。
「夢がね、蓮くんのスーツ姿素敵だって、めちゃくちゃ見てた!」
にっこにこしながらななせが、ありもしないことを口走った。
何を言ってくれているんだろう、この娘は。
確かに素敵には見えるし、少し見ては居たけど、見惚れていたって程ではないし、そんなこと口に出していない!
「そういうななせだって、ずっと相田さんの背中見て、背中に抱き着きたいとか言った!ちゃんと聞いてたからね!」
黙っていられず、告げ口してやった。
ななせは一気に顔が紅くなり、口をぱくぱくと開閉。
やってやったぜ、と私は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
それを見たななせは、私のことを割と強く 割と強く 叩いた。
やられたらやり返す。
当たり前でしょうが。
前を行く二人は足を止め、相田さんはにやにやしながらななせに詰め寄る。