俺様外科医と偽装結婚いたします
もう二度と、彼と張り合おうなんて思わなければ良いだけの話なのだから。
「それじゃあ、今ここであなたの前から消えます。さようなら」
言うなり私は歩き出したけれど、すぐに「待て!」と鋭い声が飛んできた。
止めたくないのに、足が止まってしまった。
「……なんですか?」
湧き上がってくる嫌な予感に気付かぬふりをしながら、私は恨めし気に言葉を返した。
すると彼が呆れたように笑って、言った。
「俺への謝罪がまだ済んでない」
咄嗟に「すみませんでした」と言いそうになったけれど、これまでの数分間が頭の中に蘇り、出かかっていた謝罪を喉元で押しとどめた。
「済んでる! ごめんなさいって、私ちゃんと謝った!」
「誠心誠意謝られた記憶はない」
冷徹な表情のまま、彼が一歩一歩近づいてくる。
捕まったら、間違いなく謝罪させられる。土下座しろと言い出しかねないし、そんな展開になったら屈辱である。
彼が目の前でぴたりと足を止め、威圧的な眼差しを向けてくる。
わずかに身体をのけ反らせてしまうほど距離の近さを感じているのに、彼の身体を押し返すことも、この場から逃げ出すことも出来ず、私は彼の冷めた瞳をじっと見つめ返した。