俺様外科医と偽装結婚いたします
深く重なる唇
車から降りて、夜の帳が落ちた港に停泊する大きな客船を見上げた。
とうとうこの日がやって来てしまった。今宵、銀之助さんのお誕生日会があの豪奢な客船で催される。
ライトアップの眩さに目を細めた私の隣に、運転席から出てきた環さんが並ぶ。
「今夜、お前がやることはただ一つ。祖父さんの顔に泥を塗らないように俺の婚約者をそつなく演じ切ること」
「……わ、分かってる」
とは言っても、煌びやかな客船を目の前にして、内心怖気づいている。
ぞくぞくと乗りつける車から上品なスーツや華やかなドレスを身に纏った人々が降り、船へと向かっていく。
場違いなところに来てしまったという思いがどんどん強くなり、緊張で手が震える。
失敗をしてしまったらどうしようと、怖くてたまらない。
「ほら、掴まれ」
かつりと靴音を響かせて、環さんが私の斜め前へと一歩進み出た。
掴めと言わんばかりに差し出された腕を見て、思わず息をのむ。
戸惑いながらもぎこちなく手を伸ばしてそっと彼の腕を掴むと、環さんの瞳が私を捉えた。
「俺のやることもただ一つ。祖父さんの顔に泥を塗らないように、お前をしっかりサポートすること」
「……環さん」
「お前の味方はここにいる。だから心配はいらない」
真剣な表情で告げられた言葉が、温かさと共にじわりと胸に広がった。
触れて知った腕のたくましさに、彼の存在を大きく感じる。
「行くぞ」
こくりと頷きながら彼の腕を掴む手にきゅっと力を込める。