俺様外科医と偽装結婚いたします

頭をさげれば済む話なら、さっさと謝ってしまえばいいと考える私と、屈したくないという意固地な私が身体の中でせめぎ合っている。

彼は何も言わない。眼差しと無言の圧力をかけながら、私がどう出るかをうかがっているみたいだ。

結論をなかなか出せずにいると、突然彼が私から視線を逸らした。


「はい……どうした?」


誰かから電話がかかってきたらしい。彼は右耳にかかっていたワイヤレスイヤフォンに触れつつ、話を始める。

完全に自分から気持ちが逸れた彼を見つめ数秒後、私は口元に笑みを浮かべた。

これは逃げ出すチャンスである。

私は彼へと身体の正面を向けたまま、少しずつ足を後退させていく。

しかし、ちらりとこちらを見た彼と目が合い、瞬時にその目が大きく見開かれた。

私も口元を引きつらせて……勢いよく身を翻す。


「おっ、おい! こら待て! まだ話は終わってない!……あっ、いや。何でもない。こっちの話だ」


一度走り出してしまえば、もう止められない。

階段を無我夢中で駆け上がり、響いた彼の呼びかけ声に振り返る。

小道で留まっている彼へと反抗的に顔をしかめて見せた後、私は一目散にその場から逃げ出したのだった。



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