俺様外科医と偽装結婚いたします
「図案を拝見できる日を楽しみにしていますので、頑張ってください」
口調は淡々としたものだった。しかし前置きとして見せた嘲笑に、成木さんは酔いが覚めたかのように目を見開いて息を飲む。
最後の「頑張ってください」という言葉にまったく期待していないという思いが微妙に含まれていると、成木さんにはちゃんと伝わったようだった。
しかしそれを感じ取れなかった成木社長は「今度一緒に食事でもいかがですか?」と環さんに取り入ろうと誘い文句を並べている。
環さんはそれを微笑みでかわし、こちらに合図を送るかのように視線を送ってきた。私は思わず背筋を伸ばす。
「船を降りる前にもう一度、咲良と共に挨拶をしておかないと祖父に拗ねられてしまいますので、すみませんが俺たちはこれで失礼します」
言い終えると同時に、環さんは成木さんたちに背を向ける。
私が持っていたグラスをふたつとも奪い取り「行くぞ」と囁きかけてから、振り返ることなく遠くに立っているウェイター目指して歩き出す。
私はまだ言い足りなさそうな成木社長へと頭を下げ、そして成木さんにもちらりと目を向けたあと、環さんを追いかけた。
銀之助さんへの挨拶もそこそこに、私たち足早に船を後にした。
眩さで溢れかえっていた空間から出たことでやっと現実に戻ってきた気がしてホッとする。