俺様外科医と偽装結婚いたします
三章、あなたと進む道
必要な存在だから
銀之助さんの誕生日パーティから一夜明け、日常が戻ってくる。
日課の早朝ランニングをこなすべく静かに階段をおりていくと、トイレから自室へと戻ってきたらしいお祖母ちゃんと遭遇した。
「咲良、おはよう。今日はいつもより少し早いんじゃないかい?」
「目が覚めちゃって」
小さく肩を落としながら正直に打ち明けると、お祖母ちゃんが眉根をよせて探るような顔をする。
根掘り葉掘り聞かれる前に退散した方がいいと即座に判断し、「行ってくる」と声を弾ませて残りの階段を急ぎ足で降りた。
凛とした朝の空気の中で私は大きく伸びをしてから、河川敷に向かういつものルートを走り出す。
昨日の環さんとのキス。
激しく燃え上がっていた感情は、駐車場を楽しそうな話し声を響かせ進んでいく誰かの喋り声によって呆気なく鎮火した。
大慌てで車に乗り込んで気恥ずかしでろくに会話もできぬまま環さんに家まで送ってもらい、私は車を降りた。
夢と現実の間で漂っているかのようでうまく眠れずに時間だけが過ぎ、結果こうしていつもより三十分早く家を出ることとなった。
環さんとのキスを思い出すたび、あの時の感触が唇に蘇ってきて身体が焦がれるように熱くなる。