俺様外科医と偽装結婚いたします
「本当に、そろそろ潮時なのかもしれない」
私は涙をこらえながら嫉妬と切なさで締め付けられる胸元をおさえて、弱々しく笑った。
客が来店すれば率先して席に案内し注文を受け、「すみません」と声が上がれば即座に返事をする。
忙しさが落ち着いてきたら、常連のお客様たちと世間話に花を咲かせて笑顔を絶やさない。
気を抜いた瞬間、環さんと菫さんのことで落ち込んでしまうのが分かっているからこそ、必死に日常を送る。
けれど、そうしていられたのも常連さんがいるまでの間だけだった。
時間と共に彼らがぽつりぽつりと席を立ち始めて、最後のひとりが店を後にしてすっかり静かになってしまったときにはもう雑念を追い払えなくなっていた。
「姉ちゃん? 難しい顔していつまでテーブル拭いているつもりだよ」
ポンポンと肩を叩かれて、自分がそうしていたことに気がついた。
手の下にはしわくちゃになっている布巾。真後ろには呆気にとられている陸翔。そしてお祖母ちゃんとお母さんがレジ横に並んで私を見つめている。
「まさか環さんと喧嘩したとか? それなら今すぐ電話して謝ったほうが絶対にいいって。あれほどのハイスペックでイケメンと出逢うこと自体が奇跡だぜ? 姉ちゃんと付き合ってもいいなんて思える相手ならなおさら。逃しちゃ駄目だ」