俺様外科医と偽装結婚いたします
そして満足そうにも見える微笑みを浮かべたのち、なんてことない口調で新しい願いを口にした。
「前々から考えていたんだが、やはり環には病院のために結婚してもらうことにするよ」
それでは環さんが可哀想だ。
思わず「待ってください」と前に出そうになったけれど、先に発せられた銀之助さんのひと言で言葉すら出なくなる。
「いっそのこと、岩坪くんはどうだい?」
突然の指名に、菫さんは「えっ!?」と身体を強張らせた。
「大学病院で医師をしている君のお父さんに、設立予定の小児医療センターの要職にぜひとも就いて欲しくてオファーしたのだけれど、なかなか返事をいただけなくてね。その時、君の話になって環との縁談を持ちかけられたんだよ」
「父とそんな話を? ……あのでも、ちょっと待ってください」
心がすっと冷えていく。真顔でソファーから立ち上がると、三人が揃って私へと顔を向けた。
場が一瞬で静まり返る中、笑みを浮かべて明るい声音で告げる。
「私の話は終わったようなので帰ります。こちらこそ色々と有難うございました」
言い終わるか終わらないかのところで彼らに背を向けて、心持ち早い足取りで歩きだした。