俺様外科医と偽装結婚いたします
環さんと菫さんがそれぞれに私の名を呼んだけれど、進み出した足は止まらない。一秒でもはやく、この部屋から逃げ出したかった。
院長室から飛び出して、その勢いのまま元来た道を戻っていく。
環さんの相手が私から菫さんに変わっただけ。今回も環さんに断る理由はない。それが銀之助さんの願いである上に、相手は菫さんだからだ。
おなじ医師のため互いを理解しやすくて結婚が有益にもなり、元々親しい女性。
どう考えても、私より菫さんの方が環さんにふさわしい。
「咲良!」
何度目かのため息をこぼした時、後ろから腕を引かれてそのまま強引に振り向かされた。
心なしか息を弾ませながら余裕の感じられない表情で、環さんが私の両腕をしっかりと掴んで見つめてくる。
「……環さん。もう終わったんだから、私を追いかけてきちゃダメだよ」
頭の中が真っ白でうまく物事を考えられないというのに、自然と言葉が出てきた。
「待ってくれ」
「銀之助さんが見限ったんだから、終わりでしょ? それにね、私もお祖母ちゃんから結婚しなくていいって言われたの。大きな顔してまだまだあの家にいられるんだ。だからね……私にももう環さんと一緒にいる理由がないの」