俺様外科医と偽装結婚いたします

わずかに肩の力を抜いて小さく息を吐き出す。そして改めて私を見つめてきた環さんの瞳が、力強さを増していく。


「俺の恋人になってください」


余計な感情が消え失せ、頭の中が真っ白になる。ただただ唖然としてしまった。

かすかに声を震わせながら「……環さん」と呼びかけた時、彼の指先が私の唇に触れた。私は自然と言葉をのみこむ。


「答えは後でいい。だから考えておいて」


唇を優しくなぞりあげた後、環さんは私から手を離す。


「何かあったら連絡して。……おやすみ」


なんとか頷き返した私に彼は優しく微笑むと、踵を返してそのまま自分の車に乗り込んだ。軽くクラクションを鳴らしてから流れるように通りへと出ていった。

環さんの車が完全に視界から消えて十秒ほど経ち……私は大きく息を吐き出す。

空っぽになっていた心の中に一気に感情が戻ってきて、口元を両手で押さえながら意味もなく周りを見回す。


「環さんが、俺の恋人になってって」


言葉にした途端、困惑や不安を幸福感が覆い尽くしていく。


「……喜んで」


溢れそうなほど嬉しさと愛しさを声に乗せて、私も自分の気持ちを言葉にした。



< 190 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop