俺様外科医と偽装結婚いたします

言われた瞬間、アイツの顔が頭に浮かんだ。

鮮やかな残像を必死にかき消しながら、恋人という言葉に背筋を震わせて否定する。


「また変な男に引っかかってないだろうね」

「引っかかってないから、お祖母ちゃんは黙ってて!」


喧嘩なら売られたけれどと言いそうになるのをぐっと堪えてお祖母ちゃんに反論した時、叫びにも似た子供の声があがった。オレンジジュースの入ったコップをテーブルの上で倒してしまったらしい。

私は新しい布巾を手に、慌てふためいているお母さんたちの元へと向かう。


「いずれこの店は陸翔のものになるからね。咲良も、そろそろ良い人を見つけてお嫁に行く準備でもしてもらいたいものだよ」


囁くように発せられたお祖母ちゃんの言葉に、テーブルを拭いていた手がほんの一瞬止まってしまった。

しかしそのことを誰にも気づかれたくなくて、私はすぐに笑顔で子供に話しかけながら片付けを再開する。

この店は、これからもずっと家族で力を合わせて守っていく。

みんなそう考えているけれど、お祖母ちゃんの思う家族の中に“私”だけが含まれていないのだ。

それは、今の私のポジションは陸翔の未来のお嫁さんにこそふさわしいと考えているためである。

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