俺様外科医と偽装結婚いたします
取り消したい約束
「遠いところ、いつもありがとう」
「いえ。こちらこそ毎度ありがとうございます」
玄関先で配達バッグから注文の品であるカツサンドを取り出して手渡すと、お祖母ちゃんと同年代の女性が品良く笑った。
店から自転車を走らせること十分のところにある一軒家に住んでいる田北(たきた)さんはうちのお得意様で、よくお昼ご飯を食べに来店されたり、こうして配達の注文を入れてくれる。
お代を受け取るもそのまま玄関に留まって、この近くに建設予定となっている介護施設について話をしていると、田北さんが何かを思い出したらしくポンと手を打った。
「あっ。そうだったわ。ちょっと待っていてもらえる?」
返事をするよりも先に、家の奥へと足早に向かって行く田北さんの小さな背中を見つめたまま、母が配達に来なくて正解だったと私はひとり微笑みを浮かべた。
母が行くとなかなか帰って来ない配達先こそが、ここ田北さん宅なのだ。なんでも話が弾んで夢中になり、うっかり時間を忘れてしまうらしい。
今日も母が来ていたら帰りが遅くなっていたかもしれないと考えつつ、靴箱の上に置かれている陶器で出来た柴犬の置物を眺めたりしていると、ぱたぱたと足音を響かせて田北さんが戻って来た。