俺様外科医と偽装結婚いたします
彼がこの小道から逸れるその瞬間まで、絶対に食らいつく。そしていつの日か……追い抜かしてみせる。
名前も知らない、顔さえまともに見たことがない彼に対して、私はそんな感情を一方的に抱いてしまっていた。
今日もその気持ちに変わりはない。怪しまれないよう適度な距離を保ちつつ、私は必死に彼を追いかけた。
身長はどのくらいなのだろう。百八十センチはゆうに超えているだろうか。
呑気にそんなことを考えながら走っていると、心なしか彼のスピードが上がった気がした。
綺麗なフォームでぐんぐん小道を進んでいく細長い後ろ姿を睨みつけて、私も歯を食いしばり、足に力を込めた。
どこから走ってきたのかは知らないけれど、まだまだ余力が残っていそうな走りを見せつけられ、負けず嫌いに火がつく。
このあともいつも通り、目が回るほど忙しい店の仕事が私を待っている。
疲れ切ってしまうと後が辛いというにも関わらず、あっさり置いていかれたことが悔しくて、全速力で追いかけた。
しかしゴールが間近に迫ってきたことを感じ取ると、ペースが徐々に落ちていく。
今日も私の負け。完敗だ。
そう悟った途端、心が折れ、闘争心が急速に萎んでいったのだ。