俺様外科医と偽装結婚いたします
そこまで考えて……でも、と思いは振り出しに戻っていく。
銀之助さんの孫はどんな人だろうか。
思い込みだということは分かっているのに、どうしてもあいつの顔がちらついてしまう。
毎朝同じ時間に欠かさず走っているけれど、彼の姿はあれ以来見かけていない。
ばったり会って、もし言葉を交わすようなことがあるなら、銀之助さんのことをそれとなく聞いてみようかなとも考えていたけれど、まだその機会は得られていない。
とは言え、そんな機会欲しくないし、会いたくもない。
銀之助さんを見るたび、思い出したくもないあいつが頭に浮かんでしまうのが苦痛である。
一度、銀之助さんの孫の顔を拝見させてもらっておいた方が良いかもしれない。
諦めのため息を吐いて自転車に跨ろうとした時、「咲良ちゃん!」と声をかけられた。
動きを止めて、声のした方へと笑顔を向ける。
「菫(すみれ)さん!」
乗り込もうとしていた車のドアを閉め、長い黒髪をなびかせながら走り寄ってきた美人で長身の女性は、岩坪(いわつぼ)菫さん。
「こんなところでどうしたの?」
「配達に……菫さんは?」
「私、ここに住んでるの」
菫さんの視線の先に、3階建てのお洒落なマンションがあった。