俺様外科医と偽装結婚いたします
確かに銀之助さんの手にはスマホが握りしめられていた。銀之助さんは真面目な顔でじっと私を見たのち、弱々しく笑った。
「すみませんが……手を貸していただけますか? そこのベンチまで」
見れば十歩ぶんほど先にベンチがあった。
「もちろんです! 私につかまってください!」
私は大きく頷いてから、銀之助さんを支えるように再び手を伸ばす。
「大丈夫ですか? ゆっくり……もっとゆっくり」
一歩一歩を長い道のりに感じながらもやっとベンチにたどり着くと、苦痛の声と共に銀之助さんがベンチに腰掛けた。
「お迎えが来るまで傍にいさせてください」
「ありがとう。咲良さんは本当に良い子だね」
隣にそっと腰掛けて笑いかけた私へと、銀之助さんがしみじみとした口調でそんなことを言ってきた。
くすぐったくてはにかんでいると、銀之助さんは笑みを深めてから掴んでいたスマホを膝の上へと移動させ、操作した。
ほんの一瞬だったけれど通話ボタンを切ったように見え、思わず目を見開いてしまう。
もしかしてその迎えに来る相手とやらと、今の今まで繋がったままだったのだろうか。
しかし、ふっと浮かんだそんな疑問は、銀之助さんからの問いかけによって吹き飛んでいった。