俺様外科医と偽装結婚いたします
高級店とは縁遠い生活をしていたためか、いざ目の前にすると尻込みしてしまう。
しかもこの店の中にあいつもいる。これから顔をあわせるのだと思うと、気分も足も重くなる。
「咲良さん。行きましょう」
銀之助さんから通りすがりに声をかけられ、私はわずかに上ずった声で「はい」と返事をした。
物珍し気な顔で周囲を見回しているお祖母ちゃんが銀之助さんのあとに続き、私も慌ててふたりの後を追う。
石畳を進んでいくと、私たちがたどり着くよりも前に、お店の格子戸がからりと開く。
そして外へと出てきた和服姿の四十代くらいの女性が、銀之助さんに向かって「お待ちしておりました」と丁寧なお辞儀をした。
女将さんだろうその品のある女性は、お祖母ちゃんから私へと視線を移動させ、ニコリと笑いかけてきた。
「すでに環さんもお見えになっておりますよ。ご案内いたします」
そんな言葉をかけながら、私たちを招き入れるように女将さんが戸口へと下がっていく。
「はぁー。なんだか緊張してしまうねぇ」
思わずといった様にお祖母ちゃんからこぼれ落ちた感想に心の中で同意しながら、私も暖簾をくぐり店内へと足を踏み入れる。